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織田信長が殺された本能寺の変を盗賊の石川五右衛門を主役にして書いてみました。「藤吉郎伝」の続編としてお楽しみ下さい
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2024/03/19 (Tue) 16:11
Posted by 酔雲
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夕立








 強い日差しの中、勘八は眠い目をこすりながら、マリアを守って堺へと向かった。

 堺の港は摂津(セッツ)の国と和泉(イズミ)の国の境にあった。織田信長の代官、松井友閑(ユウカン)の監督下にあったが、会合(エゴウ)衆と呼ばれる三十六人の有力商人たちに自治は任されていた。

 商人たちの町として活気に満ち、港には朝鮮や琉球(沖縄)、マラッカ(マレーシア)から来た異国の船が浮かび、異国の商人たちも多く暮らしていた。

 勘八とマリアの二人は東から堺に入り、大小路(オオショウジ)と呼ばれる大通りを港へと歩いていた。

 大小路には有力商人たちの大きな屋敷がずらりと並び、その建物は皆、華麗だった。それぞれの建物が個性を競い、銭に糸目を付けずに建てられた豪邸ばかりだった。

「スッゴイ、この町は他の町とは全然違う雰囲気ネ」とマリアがキョロキョロしながら言った。

「大尽(ダイジン)が多いからな。よその大尽とは桁(ケタ)が全然、違うわ」

「そうネ‥‥‥あたし、五歳まで、ここにいたんだけど、あまり覚えてない」

「お前の親父はここの教会堂も建てたのか?」

「建てたと思うけど、よく分かんない」

「行って見るか? 見れば思い出すかもしれねえ」

 マリアは勘八を見ながら、うなづいた。

 昨夜、安土城の図面を見せてから、勘八は急に頼もしくなったとマリアは感じていた。マリアの身に危険が迫っていると勘八はマリアを守るために必死になって気配りをしている。逢坂山で山伏に襲われた後、京都に入る時も、勘八はマリアの事を守っていたが、あの時はまだ、勘八の事をあまり知らなかったので何とも思わなかったが、半月余りも一緒にいると、少しずつ勘八に惹かれて行く自分を感じていた。

 大通りから右手に曲がり、しばらく行くと『日比屋』と看板のある屋敷に出た。その屋敷の裏に教会堂はあった。この一画だけがキリシタン一色に染まり、大勢の信者たちが集まっていた。

 マリアが教会堂を眺めていると、「善次郎さんのお嬢さんじゃありませんか?」とイルマン(修道士)らしい日本人が声を掛けて来た。

 マリアがポカンとしていると、「高槻でお世話になった惣助ですよ」と言った。

 マリアは思い出したらしく、再会を喜んでいた。惣助によって日比屋の主人、了慶(リョウケイ)を紹介され、マリアは歓迎された。

 善次郎の死を告げると了慶は悲しみ、信者たちを集めてお祈りを捧げた。長いお祈りの間も、勘八はマリアの側を離れずに回りに気を配っていた。

 お祈りが終わり、教会堂とは大小路を挟んで反対側にある中浜町の我落多屋に着いた時には、もう日が暮れかかっていた。

 堺の我落多屋の主人の宗雪(ソウセツ)は京都の宗仁と同じように頭を丸めていたが、顔の下半分はひげにおおわれていた。何となく、海坊主みたいだとマリアは思った。一見すると怖い顔だが、太い眉の下にある小さな目は優しそうな感じがした。マリアから石川五右衛門を捜している事を聞くと小さな目をパチクリさせて首を振った。

「去年の今頃だったら、この辺りにいたかもしれんがのう。今、どこにいるのかまったく分からんぞ」

「エッ、五右衛門様がこの辺りにいたの?」

 マリアは宗雪の言葉に驚き、思わず、隣に座っている勘八の手を握った。

「うむ。去年、石山本願寺が織田殿に敗れて、上人(ショウニン)様は紀州の雑賀(サイカ、和歌山市)に引き上げて行った。その時、本願寺は焼け落ちてしまったが、燃える前に五右衛門らによって盗まれた財宝も多かったらしい。その中の幾つかが、この店に流れて来たんじゃ。その後、どこに行ったのか分からん。しかし、五右衛門が西の方で暴れているとすれば、奴の盗んだ物が堺に流れて来る可能性はある。高価な物をさばくには、ここが一番じゃからの」

「盗品は皆、この店に集まって来るの?」

「そうとは限らんが、最近はその傾向が高くなって来たな。この店も裏の世界で有名になったという事かのう。盗品の中でも値打ち物と言えば、やはり、お茶道具じゃ。初めの頃、天王寺(テンノウジ)屋や万代(モズ)屋などの豪商のもとへ、それらのお茶道具は流れていたが、盗品として手に入れた物は堂々とお茶会で使う事はできんのじゃ。どういう手順で手に入れたにしろ、盗品を持ってるとなると老舗(シニセ)の傷になってしまうからの。例えば、天王寺屋に盗品のお茶道具が流れて来たとする。天王寺屋の主人、宗及(ソウギュウ)殿はそのお茶道具をどうしても手に入れたいと考えるが、直接、買い取る事をしないで、盗品を持って来た者をこの店に連れて来るんじゃ。そして、わしがその品を買い取り、わしが買い取った物にいくらか色を付けて、天王寺屋が引き取るんじゃ。それで、天王寺屋は我落多屋から買ったとして、堂々とそのお茶道具をお茶会で披露できるというわけじゃ。我落多屋は老舗でもないし、元々、ガラクタを買い取っている店じゃ。価値のある盗品が紛れ込んでいたとしても誰も怪しまんからな。天王寺屋だけじゃない。老舗のほとんどが、そうやって盗品の取り引きをしている。そのうち、盗っ人たちの方も、老舗に行く事なく、ここに持って来るようになったというわけじゃ」

「五右衛門様もこのお店に来た事ある?」

「あるかもしれんが、本名を名乗るわけじゃないので分からんのう。わしらは持って来た品物の目利き(鑑定)はするが、持って来た人間の詮索はせんからの。身分の高い者が来ても貧しい者が来ても、同じ応対をして品物を目利きするのが我落多屋のやり方なんじゃ」

「それじゃア、五右衛門様が今、どこにいるかなんて分かんないのネ?」

「残念じゃがな」

 その夜、マリアは五右衛門が越前の朝倉家から盗んだという茶碗を見せて貰った。いくつもの箱と豪華な袋にくるまれた茶碗はそれ程、高価な物に見えなかったが、夢遊の宝物だという。

 茶の湯の開祖と言われる村田珠光(ジュコウ)が所持していた青磁(セイジ)茶碗の一つで、連歌師の牡丹花肖柏(ボタンカショウハク)によって『夢遊』と命名されていた。夢遊はこの茶碗が気に入ると共に名前も気に入って、自ら、夢遊と号していた。その茶碗は天王寺屋宗及が一千貫文(カンモン)で売ってくれと言って来たが、夢遊は断っていた。

「これが一千貫文?」とマリアは目を丸くし、慌てて、手を引っ込めた。

 一千貫文といえば、米にして、およそ一千石(ゴク)だった。こんな茶碗一つがそんなにも価値があるとは、とても信じられなかった。

「天王寺屋の爺様がな、珠光殿の弟子だっそうじゃ。しかも、爺様は連歌もやっていて肖柏殿の弟子でもあったんじゃ。爺様のお師匠である二人にちなむ、この茶碗がどうしても欲しいらしいが、大旦那様は絶対に売らんと言っておったわ」

「凄いネ。そのお茶碗を売れば、オスピタルなんてすぐに建つよ」

「なに、オスピタル?」

「マリアの夢なんだ」と勘八は言ったが、宗雪には何の事だか分からないようだった。

 マリアは焦らず、五右衛門が現れるのをジッと待つ事にした。勘八は相変わらず、マリアの側を離れずに身辺を守っていたが、怪しい者が近づいて来る事はなかった。

 堺に来て三日目の朝、教会堂でお祈りを済ませた後、マリアは海が見たいと言い出し、勘八を連れて港へ行った。

 港では威勢のいい人足たちが大声で怒鳴りながら、船からの荷を降ろしていた。

「ねえ、五右衛門様は一体、どこに行っちゃったの?」とマリアは水平線を見つめながらつぶやいた。「毎日、お祈りしてるのに、五右衛門様は出て来てくれないよ」

「石川五右衛門が本当に親父さんの仇を討ってくれると信じてるのか?」

「信じてる。絶対に五右衛門様はお父様の仇を討ってくれるモン」

「そうか‥‥‥そう信じていれば、絶対に現れるさ」

「そうかしら‥‥‥ネエ、安土のお城の図面の事、宗雪様には黙ってるの?」

「いや、その事は俺が話した。旦那様が安土に使いを出すって言ってたから、そのうち、返事が来るだろう」

「でも、夢遊様も五右衛門様の居場所は分からないんでしょ?」

「大旦那様の事だから、本気になって捜せば見つかる可能性はある。俺はずっと考えてたんだが、お前の親父さんはどうして、安土の天主の図面なんか描いたんだろ?」

「さあ‥‥‥あのお城は素晴らしい建物だから、何かの参考にしようと思ったんじゃない」

「かもしれん。でも、何かあったら、五右衛門の所に行けって言ったんだろ?」

「ええ」

「もしかしたら、五右衛門に安土の城に忍び込んで貰いたかったんじゃねえのか?」

「まさか‥‥‥」

「だって、四階の所に『キン』て書いてあったろ。あれはあそこに金貨があるって事を意味してるんじゃねえのか?」

「お父様がそんな事、考えるわけないよ」

 マリアはうつむいてしまった。

「そうだよな。考え過ぎだな、悪かった」と勘八は謝った。

「いいのよ」

「でもな、お前はあの図面を五右衛門に見せるんだろ? そうなると、当然、五右衛門は安土の城に忍び込むだろうな」

「お父様の仇さえ討ってくれれば、五右衛門様がお城に忍び込もうと何をしようとあたしは構わないよ」

「そうだな‥‥‥ところで、ジュリアはどこ行っちまったんだ? ここにいるはずじゃねえのか?」

「行き違いになったみたい」

「そうか‥‥‥お前、まだ、何かを隠してねえか?」

「隠してなんかないよ。あたしを信じて」

「俺は信じるがな‥‥‥」

「今のあたし、本当に頼れるのはあなただけなの」とマリアは勘八の目を見つめながら、勘八の手を握った。

「うん」と勘八もマリアの手を握り締めた。

 二人の頭上をカモメが飛び回っていた。

 マリアが首を長くして待っていた石川五右衛門の一味がやって来たのは、以外にも早く、その日の午後だった。その時、マリアも勘八と一緒に店番をしていたが、まさか、その客が五右衛門一味だとは分からなかった。なんと、その客はマリアと大して年の違わない若い娘だった。

 娘は初めて我落多屋を訪ねた時のマリアのようにキョロキョロしながら入って来た。

「いらっしゃいませ」とマリアは愛想よく迎えた。

 娘はマリアを見て、かすかに笑うと寄って来て、手に持った包みを広げた。

「これなんですけど、買っていただけます?」

 包みの中は木箱に入ったお茶入れだった。とても、マリアや勘八に目利きできる代物ではなかった。勘八は番頭の弥助を呼んで来たが弥助にも手に負えず、娘は弥助に連れられて、客間に通された。

「かなりの値打ち物らしいな」と勘八はマリアに言った。

「そうネ。でも、どうして、あんな娘がそんな高価なお茶入れなんか持ってるの?」

「おかしいな‥‥‥まさか、あの娘が盗っ人じゃあるまい」

「まさか‥‥‥」

 しばらくして、弥助が戻って来て、二人を呼んだ。

 マリアが首をかしげていると、「あの娘は石川五右衛門の手下じゃ」と言った。

 マリアも勘八も驚き、開いた口がふさがらなかった。

 客間に行くと主人の宗雪と娘は奥の南蛮机に向かい合って座っていた。

 この部屋は何もかもが南蛮風の豪華な部屋だった。マリアは初めて、この部屋を見た時、さすが、堺だと呆れた。ガラクタだらけの店の奥に、こんな部屋があるなんてキツネにでも騙されているのかと思った程、贅沢な部屋だった。フカフカした大きな絨毯が敷いてあって、南蛮の風景や人物を描いた絵がいくつも飾ってあり、南蛮の酒や楽器、帽子など、珍しい物が色々と並べてあった。

「やはり、あなたがマリアだったのネ。すぐに分かったわ」と南蛮椅子に浅く腰掛けた娘は言った。

「あたし、つたっていうの。よろしくネ」

 娘はマリアを見て笑った。

「どうして、あたしの事、知ってるの?」

 マリアには何が何だか分からなかった。

「あなたがお頭を捜してるのは知ってるわ。あたしはお頭から言われて、ここに来たの」

「本当に五右衛門様の手下なの?」

「信じないの?」

「信じられない」

「そうネ、無理ないわネ。別にあたしが五右衛門様の手下だって証明する事はできないけど、あなた次第よ。あなたが信じなければしょうがないわ。お頭を捜してるのはあなたなんだから。お頭としてはあなたが来ようと来るまいとどっちでもいいのよ」

「分かったよ‥‥‥あなたを信じる」

「そう、よかった」

 おつたは安心したように笑った。その笑顔はどう見ても普通の娘のようだった。

「おつたさんはな、お前さんを五右衛門の所に連れて行ってやるそうじゃ。どうする?」と宗雪はマリアに聞いた。

 マリアは勘八を見た。

 勘八はうなづいた。

「五右衛門様は今、どこにいるの?」

「安土の近くよ」

「エッ、安土の近く? そんな所にいたの?」

「あなたは運がいいのよ。たまたま、帰って来て、あなたの事を知ったのよ」

「どうやって、あたしの事を知ったの?」

「安土にいた者から、あなたのお父様が殺された事を知ったわ。その後、お頭はあなたたちの事を心配して捜させたの。そしたら、あなたがお頭の事を捜してる事が分かったのよ」

「どうして、あたしのいる所が分かったの?」

「キリシタンを捜すには南蛮寺に行けば分かるわ。あなたは京都の南蛮寺に現れた。南蛮寺の近くには我落多屋さんがあるわ。お頭はあなたのお父様が我落多屋さんと親しい事を知ってるのよ。我落多屋さんに顔を出したら、あなたがしばらく滞在していた事が分かったわ。それと、お頭を捜している事もネ。その後はあなたを追って、高槻に行き、堺に来たというわけよ」

「そうだったの‥‥‥お父様と我落多屋さんの事を知ってるんなら本物ネ」

「信じてくれるのネ?」

 マリアはうなづいた。

「よかったな」と宗雪は笑った。

「はい。こんな早く、見つかるなんて思ってなかった‥‥‥アノ、このお茶入れは五右衛門様が盗んだ物?」

「そうよ。でも、大した物じゃないのよ。値打ちのある物なんか、あたしなんかに持たせてくれないわ。一度、高価なお茶碗を割っちゃった事があるのよ」

 おつたは舌を出して笑った。
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