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織田信長が殺された本能寺の変を盗賊の石川五右衛門を主役にして書いてみました。「藤吉郎伝」の続編としてお楽しみ下さい
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2017/05/26 (Fri) 14:43
Posted by 酔雲
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閑古鳥




 夢遊とお澪が再会を喜びあった翌日、雑賀から孫一が新堂の小太郎を連れて、信長の戦勝祝いを告げるために安土にやって来た。

 ジュリアが戻って来た事を知った小太郎が、ジュリアに会いたがっていると新五が鴬燕軒に知らせに来た。

「奴はどんな様子じゃ?」

 夢遊は湯漬けをかっ込みながら聞いた。

「相変わらずです。大旦那様の真似をして、若い娘に声を掛けまくってますよ」

「馬鹿な事を言うな。いつ、わしがそんなアホらしい事をした」

 お澪が夢遊の隣でクスクスと笑っていた。

「すみません。女将さんに会う前の大旦那様のように‥‥‥」

「一々、そんな事、説明せんでもいいわ」と言った後、「ジュリアの方はどうなんじゃ?」と夢遊はお澪に聞いた。

「小太郎様の事はジュリアから聞いてるわ。大好きなおじさんが伊賀に行ったまま帰って来ないって、時々、寂しそうな顔をしてたわネ」

「そうか‥‥‥悪いが、新五、また山に行ってジュリアを連れて来てやれ」

 夕方になると、太郎と共に抜け穴を調べるため、夢遊はお澪を鴬燕軒に残して我落多屋に帰った。

我落多屋の暖簾をくぐろうとすると二階から、「兄貴、ジュリアはどこ行ったんじゃ?」と叫ぶ小太郎の声が聞こえた。

 夢遊は通りに戻ると二階を見上げ、「待ってろ。もうすぐ、来るわ」と答えた。

 藤兵衛は夢遊を見ると顔をしかめたが、何も言わなかった。

 夢遊は二階に上がり、小太郎の格好を眺めた。確かに、新五の言う通り、相変わらず、夢遊の真似をしていた。

 小太郎は夢遊に飛び付き、「ジュリアはどこじゃ?」とまた、聞いて来た。

「昨日、マリアに会うために山に登ったんじゃ。新五が呼びに行ったから、そろそろ帰って来るじゃろう」

「そろそろって、いつじゃ?」

「日暮れ前には来るじゃろう」

「もうすぐ、会えるんじゃな?‥‥‥待ち遠しいのう」

 小太郎はジッと待っている事ができず、大通りに出て、行ったり来たりしていた。

 夢遊は二階から、滑稽な小太郎の姿を眺めては笑っていた。

「大旦那様にそっくりですよ」と一緒に見ていたおさやが言った。

「わしはあんなブザマじゃねえわ」

「小太郎様が大旦那様の事を兄貴って呼んでるので、みんな、ほんとの兄弟だって思ってますよ」

「まったく、困ったもんじゃの」

 突然、大声が聞こて来たと思ったら、小太郎がジュリアを抱き上げて、大通りを走って来た。ジュリアは小太郎の腕の中でキャーキャー騒ぎ、小太郎はわけの分からない事を叫んでいた。

「馬鹿じゃねえのか、あいつら。みっともねえ」

 夢遊もおさやも呆れた顔で、小太郎とジュリアを見下ろしていた。

 道行く人たちが驚いているのも構わず、小太郎はわめきながら、大通りを左に曲がって行った。

「奴はあのまま、紀州屋まで行くのか?」

「紀州屋じゃなくて、大津屋ですよ」

「ほう、また大津屋に戻ったのか?」

「ジュリアが帰って来たと聞いて、孫一様と別れたみたいです」

「そうか‥‥‥まあ、好きにさせておけ」

 その夜、夢遊は風摩太郎と一緒に抜け穴に入った。ジュリアが持っていた鍵は見事に頑丈な扉を開ける事ができた。扉の向こうには、また、池が二つあった。竹竿を使って池を渡り、竹竿を使って五間(ケン)程、垂直に昇ると天主の地下蔵へと出た。

 驚いた事に二人が顔を出した地下蔵には黄金の詰まった木箱がズラリと積んであった。ざっと数えても一万枚の三倍以上はありそうだった。

 二人はその量に驚き、しばし、呆然として光り輝く黄金を見つめていた。マリアの持っていた鍵はその地下蔵から外に出るための鍵だった。黄金がここにある以上、その鍵は不要だったが、一応、開くかどうか確かめた。

 分厚くて大きな扉は開き、広い空間に出た。正面に階段があり、上から明かりが漏れている。この上のどこかに信長が寝ているに違いなかった。

 二人は無理をせず、扉を閉めて鍵を掛けると参考資料として金貨を一枚づつ貰って、抜け穴から外に出た。

 鴬燕軒に帰った二人はお澪に金貨を見せた。

「まあ、ステキ。甲州の金貨と違って、随分、大きいのネ」

 お澪は二枚の金貨を手に持ち、その輝きにウットリしていた。

「一枚十両じゃ」と夢遊は言った。

「凄いわ。これが三万枚もあるの?」

「それ以上かもしれん。しかし、信長が死んでからとはいえ、あれだけの金貨を運ぶとなると大変ですな」と太郎はお澪から金貨を受け取って眺めた。

 夢遊はうなづいた。「三百枚づつ木箱に入っていた。それが百箱以上ある。一箱の目方がほぼ十四貫(約五十三キロ)、百箱を短時間で運ぶには、かなりの人数がいるのう」

「一人一人が運ぶより、手渡ししながら運んだ方がいいでしょう」

「うむ、しかし、運び手だけじゃダメじゃな。護衛する者も必要となる。さらに、百箱の黄金をどうやって運ぶかも問題じゃ」

「船しかないわネ」とお澪が言った。

「そうじゃな。信長が死ねば安土も大騒ぎとなろう。明智の兵が安土に攻め込む前に盗み、騒ぎが治まるまで琵琶湖に浮かんでいるのが一番じゃろうな」

「あなただけで大丈夫なの?」

「難しいのう。わしの配下だけでは無理かもしれん。やはり、孫一の奴にも加わってもらうしかねえかのう」

「そうネ、孫一様の鉄砲と水軍の腕があれば、確実だわネ」

「とにかく、孫一に話す前に藤吉郎を動かさなくてはならんな」

 夢遊は次の日、羽柴藤吉郎のいる備中高松(岡山市)へと向かった。

 五月一日、備中の国に入った夢遊は高松城を見下ろす位置にある竜王山に登り、本陣にて藤吉郎と会った。

 山中に建てられた豪華な茶室で、二人だけになると藤吉郎はニヤニヤしながら、「早かったのう。もう備後(ビンゴ)攻めに来たのか?」とあまり立派ではない口ひげを撫でた。「お澪とか言ったのう、おぬしの惚れた女子は。うまく行っておるのか?」

「まあ、何とかな」

「そいつは結構な事じゃの。実は、わしもな、若い女子に惚れちまったようじゃ」

「ほう。また、新しい女子ができたのか?」

「またとは何じゃ、またとは。長浜にはお祢しかおらんわ」

「長浜にはおらんが、姫路には大勢おるようじゃの」

「大勢ではない。三人だけじゃ」

「岡山城にも後家がおる」

「仕方がないんじゃ。わしが断っても、地方の国人たちが女子を連れて来るんじゃ。それが皆、別嬪(ベッピン)でのう。断るに断れんのじゃよ」

「それで、一度は味見をしてみるわけか?」

「一応はの。据え膳食わぬは何とやらと言われるからのう。しかし、今度の女子は特別なんじゃ。おしのという名での、可愛い女子なんじゃよ。わしは本気で惚れたわ」

「そいつはよかったの」

 夢遊は世間話をするように、信長の襲撃計画を藤吉郎に告げた。

 藤吉郎は腰を抜かす程、驚き、口を震わせながら、目を見開いて夢遊を見つめた。その顔は半ば蒼ざめ、やっとの事で立ち上がると改めて回りを見回し、人がいない事を確認すると大きく溜め息をついて座り直した。

「カッコー、カッコー」と閑古鳥(カンコドリ)がのどかに鳴いていた。

 夢遊は藤吉郎の慌て振りを冷静な目付きで眺めていた。

「なんという事を‥‥‥」と何度もつぶやきながら、藤吉郎は虚ろな目をして、首を振っていた。

 首が止まり、夢遊を睨むと、「そんな大それた事をわしが引き受けるとでも思っておるのか?」と低い声で言った。

 藤吉郎は蒼ざめた顔を今度は真っ赤にして怒っていた。

「天下のためじゃ」と夢遊は落ち着いた声で言った。

「天下じゃと? 何が天下じゃ、北条のためじゃろうが」藤吉郎は肩を怒らせて言った。

「いや、天下のためじゃ。信長は狂っておる。自分を全能の神じゃと思い込み、自分に逆らう者は容赦なく殺し、用のねえ者は追放じゃ。伊賀の国で何万もの人を殺して、平気な顔をしておる。やり過ぎじゃ。このまま放って置いたら、天下のためにならんのじゃ」

「確かにやり過ぎかもしれんが、新しい世の中を作るには犠牲は必要なんじゃ。仕方なかったんじゃ」

「おぬしがここまで来られたのは確かに、信長のお陰じゃ。しかしな、おぬしだって信長のために精一杯の事をして来たはずじゃ。おぬしはずっと、眠る間も惜しまず、信長のために身を粉にして働いて来た。そろそろ、いいんじゃねえのか、自分の足で立っても」

「このわしが自分の足で立ってねえというのか?」

 藤吉郎は自分の足をジッと眺めて、両膝をたたいた。

「信長に操(アヤツ)られているだけじゃ」

「違う。わしは上様に命じられた事をやってはいるが、わしはわしのやり方でやって来た。この城攻めだってそうじゃ。わしは常に、自分のやり方で上様を助けて来たんじゃ。操られているわけじゃねえわ」

「もう充分じゃろう。上様だって神じゃねえ。いつかは死ぬ。死んだらどうなると思う?」

「そんな事、考えた事もねえわ」

 藤吉郎は扇子を広げるとあおぎ出した。

「先の事をよく考えてみる事じゃ。いいか、信長が死ねば当然、岐阜にいる信忠が跡を継ぐ事になろう。信忠は信長とは違う。武田家が信玄の跡を継いだ勝頼で滅び去ったように、織田家も滅びるかもしれんぞ。誰が織田家を滅ぼすと思う?」

 藤吉郎は夢遊にソッポを向いていたが、急に夢遊の顔を見つめると、「徳川家康か‥‥‥」と扇子を手の平でたたいた。

「多分、そうなるじゃろうな。信長が死ねば、家康は織田家を分裂させ、やがては織田家を滅ぼし、天下を取るじゃろう。織田家のおぬしが天下を取るには主家殺しをしなくてはならん。おぬしに信長の子が殺せるか?」

「そんな事、できるか」

「おぬしにはできんな。そうなるとおぬしは家康に仕える事になるのう」

「馬鹿な。家康は上様の同盟者だが、わしの方が働きが大きいわ」

「いくら働きが大きくても、今の状況ではおぬしよりも家康の方が格が上じゃ。それを逆転させるには今回、おぬしが弔い合戦に勝つ以外はねえ」

 藤吉郎は両腕を組んで唸った。

「もしもじゃ、もしも、わしが上様に救援を依頼したとして、明智十兵衛は動くのか?」

「風摩が言うには、絶対に動くという。十兵衛はおぬしよりも深刻に信長の事を考えている。十兵衛は丹波と丹後を平定した後、四国を攻めるつもりでいたらしい。ところが、四国平定は丹羽五郎左衛門に命じられた。十兵衛は信長に見捨てられるんじゃねえかと恐れを抱いてるそうじゃ。それに、おぬしの事も気にしておる。おぬしが活躍して、十兵衛を追い越してしまうんじゃねえかと恐れているんじゃ。わしは十兵衛の事を詳しくは知らんが、様々な要因があって、十兵衛は主殺しをあえて実行に移すじゃろうとの事じゃ」

「十兵衛が上様を‥‥‥なんと恐ろしい事を」

「おぬしはただ、信長に救援を依頼すればいいんじゃ。どうせ、するつもりだったんじゃろう」

「ああ、勝つ目処(メド)が付いたら、救援は依頼する」

「それなら、何も問題はあるめえ」

「しかし、十兵衛が上様を殺すのを見て見ぬ振りはできん。上様を殺させるわけにはいかんのじゃ」

「わしがここに来なかったら、おぬしは何も知らずに信長に救援を依頼する。おぬしは何日か後に、信長の死を知らされる事じゃろう。それから、弔い合戦に向かおうとするじゃろうが、そう簡単に、ここから引き上げる事ができるか? おぬしがマゴマゴしてるうちに、十兵衛が天下を治めてしまうかもしれん。おぬしは帰れなくなるぞ。長浜に帰るには十兵衛に頭を下げて家来にしてもらうしかあるめえな」

「馬鹿な。十兵衛の家来になるくれえなら、毛利と同盟して十兵衛を攻めるわ」

「そう、うまく行くかのう。信長がいなくなれば、毛利は十兵衛と同盟して、おぬしを倒す事を考えるじゃろう。おぬしは挟み撃ちにされて全滅じゃ。おぬしがやるべき道はな、信長が殺されたら、すぐに毛利と和睦して、弔い合戦に向かうしかねえんじゃよ。信長の仇を討てば、おぬしは天下人になれるじゃろう」

「上様に救援を依頼しながら、一方では毛利と和睦をしろと言うのか?」

「そうじゃ。信長が殺されたという知らせが届いたら、すぐ、和睦できるように準備をしておく事じゃ。十兵衛が失敗するという事も考えた上でな」

「クソッ‥‥‥少し、考えさせてくれ」

「おう、よーく考えてみてくれ」

 藤吉郎は悩んでいた。

 悩んで悩んだ末、答えを出したのは八日後だった。その間に、藤吉郎は高松城を水攻めにする事に決め、長い堤防を築き始めていた。

「ようやく、勝算の見込みがついた。おぬしの話に乗ろうじゃねえか」

 藤吉郎はお茶を点てながら、いつもの陽気な声で言った。

「やってくれるか?」夢遊は満足そうにうなづいた。

「うむ。ただのう、おぬしにやってもらう事があるんじゃ」

「なんじゃ?」

「上様を襲撃した後、十兵衛は必ず、毛利のもとに上様の死を知らせるじゃろう」

「当然じゃな。十兵衛の立場なら、おぬしを足止めしておかなくてはならんからの」

「わしの立場に立つと、上様の死を毛利に知られてはまずいんじゃ。上様の死を知れば、毛利はわしと和睦をするまい」

「わしに十兵衛からの知らせを阻止しろと言うんじゃな?」

「十兵衛だけじゃねえ。京都には毛利の息のかかった者もいるはずじゃ。公家や僧侶の中にも毛利とつながりのある奴がいるはずじゃ。そいつらは必ず、京都の一大事を毛利に知らせるじゃろう。それらをすべて、阻止しなければならんのじゃ。わしが毛利と和睦して、ここを引き払うまではな」

「成程、わしもそこまでは考えが及ばなかったわ。難しいがやらねばなるめえな」

「頼むぞ」

「任せろ。おぬしを犬死にさせはせん。それで、救援の依頼はいつする?」

「そうじゃのう。毛利の動き次第じゃが、早ければ半ば、遅くても二十日頃には安土に早馬を飛ばす事になろう」

「分かった。おぬしが動けば、後は十兵衛じゃ。十兵衛が動く事になったら、また来る」

 夢遊は藤吉郎の点てたお茶を飲み干すと、藤吉郎と別れて、すぐに引き返した。

 十二日に京都に着いた夢遊は、宗仁にすべてを話し、毛利とつながりのある者をすべて、洗い出すように命じた。

「京都を追われた将軍は毛利とつながっている。将軍とつながりのある奴も洗っておいた方がよさそうですな」と宗仁は馬の絵を描きながら言った。

「うむ。本願寺関係も一応、洗った方がいいじゃろう。それと、明智とつながりのある者も洗い出してくれ」

「明智とつながりがあるといえば、吉田神社の神主殿と連歌師の紹巴(ジョウハ)殿でしょうな」

「他にもいるはずじゃ。明智が信長を殺した後、毛利に知らせそうな奴は皆、捜し出してくれ」

 翌日、安土に帰った夢遊は小野屋に行き、首を長くして待っていた風摩太郎に、うまく行った事を話した。太郎はうなづき、父、小太郎に告げるため小田原に帰った。

 五月の十一日、信長の誕生日を祝って摠見寺の祭りが盛大に行なわれ、夢遊が帰って来た十三日も城下はお祭り気分に浮かれていた。十四日には信長の長男、信忠が関東から凱旋し、祭りはさらに盛り上がった。

 翌日には徳川家康が穴山梅雪を連れて安土にやって来た。家康は武田家滅亡後、駿河の国(静岡県中東部)を賜った礼を述べるため、梅雪は武田一族でありながら、本領を安堵されて許された礼を述べるためだという。

 明智十兵衛がその饗応(キョウオウ)役を命じられ、焼き物を用意してくれと小野屋に言って来た。

 お澪は夢遊の力を借りて、一流の器を用意して、家康の宿所になっている大宝坊に持って行った。家康を迎えるために堺から天王寺屋宗及と納屋宗久も来ていた。

 十七日、家康の饗応役が急遽、十兵衛から堀久太郎に代えられ、十兵衛は坂本に帰って行った。一体、どうしたのかと思っていると、藤吉郎より信長のもとに救援依頼が来て、十兵衛も中国出陣を命じられたとの事だった。

「藤吉郎の奴、ちょっと早過ぎるんじゃねえのか? 太郎が早く戻って来ねえと、十兵衛は出陣してしまうぞ」

 夢遊はシトシトと降る雨を眺めながら、心配した。

「大丈夫よ。戦の準備をしなけりゃならないし、十兵衛様も今月いっぱいは坂本にいるわよ」

 お澪は夢遊に寄り添いながら言った。

 お澪は小田原から帰って来て以来、ずっと、鴬燕軒で暮らしていた。小野屋に置いてあった荷物を皆、こちらに移し、店の事は与兵衛に任せ、特に用がない限りは夢遊の妻として、人並みな生活を楽しんでいた。

「そうだといいんじゃがな。わしらも坂本に行った方がいいんじゃねえのか?」

「それも大丈夫。坂本には西之坊っていう愛宕(アタゴ)山の行者(ギョウジャ)さんがいるわ」

「仲間なのか?」

お澪はうなづいた。「十兵衛様が亀山城に入った頃からの付き合いかしら。表向きは十兵衛様の御祈祷師(ゴキトウシ)だけど、裏では情報集めもやってるわ」

「ほう、風摩はあちこちにおるんじゃのう」

「らしいわネ。あたしも時々、驚くわ。まさかと思うような所にもいるんだもの」

「まさか、毛利の領内にもいるのか?」

「いるかもネ」とお澪は笑った。「昔、愛洲移香斎様は四人の強いお弟子さんを持っていたんですって。一人は出雲(イズモ、島根県)の尼子(アマゴ)家に仕え、一人は本願寺に仕え、一人は信濃の国(長野県)の飯縄(イイヅナ)山で忍びを教え、一人は毛利家に仕えたって聞いた事あるわ。尼子家と本願寺は滅びてしまったから、その流れがどうなったのか分からないけど、飯縄山の流れは真田家に残ってるらしいわ。当然、毛利家にも残ってるでしょうネ。ただ、それが風摩とつながりがあるかどうかは分からないわ。移香斎様が亡くなったのはもう五十年も前ですもの」

「毛利にも忍びがいる事は確かなんじゃな?」

「それは確かネ。陰流を使う忍びがネ」

「まずいのう。奴らの動きを止めなければ、藤吉郎に天下を取らせる事はできん」

「あなた、どうしても、藤吉郎様に弔い合戦させるつもりなのネ?」

「当たりめえじゃ。信長が死ねば、跡を継ぐべき男は藤吉郎しかおらん」

「それじゃア、あなたは毛利の忍びと戦うために備中に行くつもり?」

 夢遊はうなづいた。

「黄金はどうするの? 諦めちゃうの?」

「いや、新堂の小太郎に頼む」

「あの人、大丈夫?」

「奴も一流の忍びじゃ」

「そうじゃなくて、信じられるの?」

「信じるしかあるめえ。それと孫一にも頼むつもりじゃ。ただし、まだ、この話はせん。十兵衛が信長襲撃を引き受けてからじゃ」

「孫一様は危険だわ。横取りされるわよ」

「多分な。横取りされたとしても、あの天主から盗むよりは楽じゃろう」

「成程、一旦、孫一様に預けておくというわけネ」

「そういう事じゃ」

「毛利の忍びと戦うのか‥‥‥あたしも調べてみるわネ」

「調べられるのか?」

「飯道山の宿坊が毛利の領内にもあるかもしれないわ」

「そうじゃな、山伏なら毛利の忍びの事も分かるかもしれん」

「ただ、時間がないわ。すぐにでも調べさせるわネ」

「すまんな」

「いいのよ。お互いにお家のためだもの」

「そなたばかりに頼るわけにはいかん。わしも配下を敵地に送って調べさせるわ」

 夢遊とお澪は南蛮渡りのカパ(マント式の外套)を着ると雨の中、それぞれの店に帰った。

 二階の部屋に藤兵衛を呼ぶと、夢遊はすべてを話した。

「なんと、本気でそんな事に加担する気ですか?」

 信じられないというように、藤兵衛は首を振っていた。

「いつかはやらねばならん事なのじゃ。わしらの仕事は『世直し』じゃ。相手がたとえ、信長であろうと間違った事をする者を許してはおけん。わしらだけでやったら、間違いなく皆殺しにされるじゃろう。このまま、信長がやりてえ放題でいたら、皆殺しを覚悟で、わしはやるつもりじゃった。しかし、風摩が動いた。奴らの組織はわしらが考えてるより、ずっとでっけえ。風摩のくノ一が信長の側室に納まってるという事を聞いて、わしは驚いた。多分、信長だけじゃねえじゃろう。有力大名のもとには必ず、誰かが入っていて情報を集めてるに違えねえ。その風摩が動くというんじゃから、それに乗らねえ手はねえ」

「しかしのう、うまく行くんじゃろうか? 信長の暗殺は今まで、何度もあったが、皆、失敗に終わってますよ」

「うむ。だが、今回は暗殺じゃねえ、襲撃じゃ。明智の大軍で信長の宿所を襲撃し、そこを風摩が襲う。失敗する事はあるめえ。まだ、明智が動く事は決まっておらんが、動けば確実じゃ」

「動くんですか?」

「分からん。動かなければ中止になる。だが、わしらとしては明智が動く事を前提に行動しなければならん。すでに、藤吉郎は信長に救援を依頼した。今は家康がいるから、信長も動くめえが、家康が帰ったら信長は上洛するじゃろう。もう時があまりねえんじゃ。信長が殺された後、わしらのする事は二つある。一つは安土の黄金を盗み出す事。もう一つは藤吉郎に弔い合戦をやってもらう事じゃ」

「藤吉郎殿を信長の後継者にするんですか?」

 夢遊はうなづいた。「わしらは今まで藤吉郎のために働いて来た。藤吉郎自身もわしらも、信長に取って代わる事など、今まで考えてもいなかった。しかし、ここまで来たら、奴にやってもらうしかあるめえ」

「信長が死ねば、ここも大混乱になりますな。店をたたむ準備をした方がよさそうですな」

「そうじゃな。貴重な物は山に運んでおけ。おぬしの家族もな」

「長浜も危ないですぞ。藤吉郎殿の奥方様を無事に逃がさなくてはなるまい。大旦那様の家族たちもじゃ。この店をたたんで、わしらも向こうに行きますか?」

「いや、早々と店をたたんだら怪しまれる。店をたたむのは信長の死の知らせが、ここに届いてからじゃ。長浜には権右衛門を送る。おぬしにはやってもらいてえ事があるんじゃ」

「わしも備中に飛ぶんですか? 久し振りに前線で暴れるのもいいでしょう」

 藤兵衛は目を輝かせた。

「いや、そうじゃねえ。おぬしにやってもらうのは天主の黄金の方じゃ」

「エッ、黄金はお頭がやるんじゃないんですか?」

「いや、わしは備中に行く。黄金三万枚よりも藤吉郎の方が大事じゃ。下手をすれば毛利と明智に挟まれて全滅という事も考えられるからのう。わしが指揮を取る」

「わしは誰と組むんです?」

「新堂の小太郎じゃ」

「小太郎? 奴を仲間に入れるんですか?」

「それとな、雑賀の孫一にも手伝ってもらう」

「馬鹿な。奴は信じられません」

「いいんじゃよ。黄金を天主から移す事が目的じゃ。孫一に横取りされても構わん。後で取りに行けばいい」

「成程。それで、黄金を運ぶ者たちは?」

「去年の修行者たちじゃ。十八人いる。それと店の者を使え」

「なんと‥‥‥修行者を使うんですか?」

「運ぶだけじゃ。黄金の箱はおよそ百箱。二十人もいれば何とかなろう」

「まあ、何とかなりますが‥‥‥」

「頼んだぞ」

 夢遊は藤兵衛に抜け穴の鍵を渡すと、馬に跨がり山の砦に向かった。

 途中で雨はやみ、日が差して来た。山裾の農家に馬を預けると、夢遊は飛ぶような速さで山を登った。

 マリアは相変わらず、真剣に修行を積んでいた。夢遊の姿を見つけると木剣を構えて、飛び掛かって来た。夢遊は簡単にそれをかわし、マリアの尻をたたいた。

「いいケツじゃな」

「スケベ。ネエ、抜け穴の鍵が二つ見つかったのに、どうして、黄金を盗まないのよ」

 マリアは木剣を構えたまま、夢遊を睨んだ。

「もう少し待て」

「その言葉は、もう聞き飽きたよ」

「今度はほんとじゃ。間もなく、絶好の機会がやって来る」

「ほんとにやる気なの?」

「やる。その時はお前にも働いてもらうぞ」

「勿論よ‥‥‥ネエ、ジュリアはどうしてるの?」

「中年オヤジとイチャついてるわ」

「そう‥‥‥本気なのかしら?」

「オヤジの方は本気らしいな。ジュリアの方はどうだか知らんが、二人で旅籠屋に籠もりっきりじゃ」

「へえ、その男の人って薬売りなんでしょ?」

「らしいな」

「どうして、そんな人を好きになっちゃったんだろ? お父様が生きてたら大変よ」

「お前はどうなんだ? 勘八とうまくいってるのか?」

「まあネ。お頭はどうなの? 小野屋の女将さんとうまくいってるの?」

「まあな」

「よかったネ。でも、長浜に怖い奥様がいらっしゃるんでしょ?」

「内緒じゃ」と夢遊は口を指で押さえた。

 マリアは笑うと束ねた長い髪を揺らしながら道場の方に帰って行った。

 夢遊は屋敷に入ると、使い番の頭、半兵衛と忍びの頭、角右衛門と権右衛門、くノ一の頭、山路(ヤマジ)を呼んだ。

 夢遊の組織は連絡係の使い番衆と陽忍(ヨウニン)と陰忍(インニン)の三つに分かれていた。陽忍とは我落多屋にいる者たちである。商人として働きながら、様々な情報を集めたり、盗品の処分をしている。陰忍とは盗賊働きをする忍びの者たちであった。

 使い番衆は半兵衛を頭に二十人いて、夢遊の命令を各地に運び、各地の情報を夢遊に伝えるのが任務だった。身が軽く、足も速く、忍びの術も一流である者が選ばれた。夢遊の側にいる新五と勘八は使い番衆である。

 我落多屋は安土、長浜、京都、堺、姫路の五ケ所にあり、安土の主人は藤兵衛、長浜は孫兵衛、京都は宗仁、堺は宗雪、姫路は又兵衛で、今は我落多屋の主人に納まっているが、若い頃は夢遊と一緒に京都で暴れ回っていた連中だった。勿論、皆、一流の忍びである。各店には主人の他に男が四人、女が四人づついるが、彼らは常に店にいるわけではなく、情報を集めるために行商人に扮したり、女たちは芸人に扮したりもした。

 陰忍は十人づつ七組に分けられ、うち二組は女だけの忍び集団だった。郷右衛門と源右衛門率いる忍びは今、備中にいて藤吉郎を助けていた。助右衛門率いる忍びは京都にいて、毛利につながりのある者を宗仁と共に捜している。角右衛門と権右衛門は今、砦で待機していた。伊勢にいる銀次は角右衛門の配下だった。

 くノ一の主な任務は、真っ先に現場に飛び、獲物を捜す事だった。山路と浮舟(ウキブネ)という二人の頭に率いられ、常に前線で活躍していた。今、前線となっているのは備後だった。藤吉郎が備中高松城を落とした後、次に狙うのが備後なので、すでに、くノ一たちは備後に潜入して情報を集めていた。浮舟の率いる組は備後にいたが、山路の率いる組は山の砦に帰っていた。山路らは淡路島の仕事の後、休む間もなく備中に飛んだため、備中の仕事が終わった後、しばらく、休養させていた。

 夢遊は半兵衛、角右衛門、権右衛門、山路に信長襲撃の事を告げ、作戦内容を伝えた。

「あたしは備後にいる浮舟と合流して、毛利の忍びの事を探ればいいのネ?」と芸人姿の山路が言った。

「そうじゃ。それと、向こうにいる二年目の修行者たちを至急、戻してくれ」

「分かりました。最初の仕事が黄金だなんて幸せな人たちネ」

「息苦しい穴の中を重てえ黄金を運ぶんじゃ。楽な仕事じゃねえわ。敵の襲撃にあって殺されるかもしれん」

「黄金を拝めるだけでも増しよ。でも、藤兵衛様が可哀想ネ。半人前の忍びを使わなけりゃならないなんて」

「そう言うな。おめえだって半人前だった頃があったんじゃ。女子の修行者の方は引き上げなくていい。おめえに任せるが、あまり、いじめるなよ」

「お頭、人聞きの悪い事、言わないでよ。あたしはいじめなんてしてませんよ」

「そうか。勘八の奴が、おめえの事をおっかながっていたぞ」

「あれはいじめじゃありません。マリアのために注意しただけです」

「まあ、いい。頼むぞ」

「はい」と山路はうなづいた。

「わしは坂本に行って、明智の忍びを探ればいいんですな」と山伏姿の角右衛門は言った。

「うむ、頼むぞ。多分、甲賀者がいるはずじゃ。できれば、奴らと戦いたくはねえ。銭で雇われてる者は手を引かせろ」

「やってみましょう」

「信長襲撃の事は隠しておけ」

「分かりました」

「わしは長浜で待機ですか?」と猟師(リョウシ)姿の権右衛門が不満そうに言った。

「信長が死ねば、長浜も当然、明智に味方する者に攻められる。今、長浜の城には年寄りと女子供しかおらん。城を守るのは不可能じゃろう。藤吉郎が弔い合戦に勝てば、城など何とでもなる。それよりも、奥方様を絶対に守らなくてはならん。あらかじめ安全な場所を確保しておき、そこにお連れするんじゃ」

「ここはどうです?」

「ここでもいいが、ちと遠い。伊吹山中の方がいいと思うがの。孫兵衛とよく相談しろ」

 権右衛門がうなづくと、夢遊は半兵衛を見た。

「半兵衛は堺の宗雪のもとに誰かを送って、毛利とつながりのある者を洗うように言ってくれ」

「分かった」と行商人姿の半兵衛はうなづいたが、「だが、お頭、風摩は信じられるのか?」と聞いて来た。

「信じるしかあるめえ。風摩の狙いは信長の命だけじゃ」

「黄金もいらんというのか?」

「ああ、天主の黄金より甲斐の金山を貰うとの事じゃ」

「成程な。それで、わしはどうする? 山を下りるか?」

「そうじゃのう。今、山に何人いるんじゃ?」

「わしの他に三人じゃ」

「安土に三人で、六人か‥‥‥みんな、安土にいてもらった方がいいかもしれんの。各地に飛ばさなくてはならんからな」

 夢遊は少し欠けた月を眺めながら、久し振りに体中が燃えているのを感じていた。
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