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織田信長が殺された本能寺の変を盗賊の石川五右衛門を主役にして書いてみました。「藤吉郎伝」の続編としてお楽しみ下さい
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2017/05/26 (Fri) 14:43
Posted by 酔雲
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抜け穴








 孫一が安土を去った次の日、夢遊が新五と勘八を連れて帰って来た。

 皆、疲れ切った顔付きで、フラフラした足取りだった。

「御無事でしたか?」と藤兵衛がホッとした顔付きで聞いたが、夢遊は手を振っただけで、二階に上がってしまった。

 藤兵衛は新五と勘八を捕まえて、伊賀の様子を聞いた。

 夢遊は二階の縁側に寝そべって、天主をジッと睨み、「許さねえ」と独り言をつぶやいた。

 お茶を持って、おさやがやって来て、「庄助さん、戦死しちゃたんですか?」と夢遊に聞いた。

「ああ。家族を皆殺しにされてのう、奴は死ぬ気で織田軍に突っ込んで行ったわ。壮絶な死に様じゃった」

「そう‥‥‥庄助さんが‥‥‥」

「堺の源太も死んだ。奴も両親を殺されてな‥‥‥ひでえもんじゃ。伊賀の国は地獄絵さながらのむごたらしさじゃ」

「そうですか‥‥‥噂で石川五右衛門が殺されたって聞いたものですから、みんな、心配してたんですよ」

「わしが殺された?」

「はい。何とかの砦が落ちて、伊賀の忍びが全員、殺されたって。その中に盗賊の石川五右衛門もいたって噂になりました」

「誰がそんな噂を流したんじゃ?」

「お殿様だと思いますけど‥‥‥」

「嘘ッパチじゃ。まさか、わしの首まで晒されたんじゃあるめえな?」

 おさやは首を振った。

「あの、お澪様がまだ、お帰りになっていませんが大丈夫なのですか?」

「まだ、帰ってねえ?」

 夢遊は思い出したかのように小野屋の方を見て、不思議そうに首をかしげた。

「ジュリアが安土に来ました」とおさやは言った。

 夢遊はお澪の事を考えていて、よく聞いていなかった。

「なに?」とおさやの方を向いて、聞き直した。

「ジュリアが雑賀の孫一と一緒に安土に来たんです」

「孫一が来たのか?」

 秋になり、おさやは袷の着物を着ていたが、相変わらず、丈が短く、膝が丸出しだった。

「はい。一昨日、来て、抜け穴を調べてから、昨日、このお店に来て、大旦那様の事とマリアの事を聞いて帰って行きました」

「そうか‥‥‥孫一の奴が出て来たか。それで、ジュリアは捕まえたんじゃろうな?」

「それが消えちゃったんです」

「消えた? どういう事じゃ?」

「分かりません。昨日の夜、孫一が抜け穴の所に行った後、ジュリアは孫一の家来の者と二人で旅籠屋に残ったんです。銀次さんに頼まれて、あたしが捕まえに行ったんですけど、ジュリアはいなくて、孫一の家来が気絶してました。その後、どこに行ったのか、まったく分からないんです」

「どういう事じゃ‥‥‥また、新しい奴が現れたのか?」

「さあ‥‥‥」とおさやは首をかしげながら、手を広げた。

「ジュリアと一緒だった新堂の小太郎はまだ、伊賀にいるはずじゃ。小太郎の奴以外にジュリアを追ってる者などいねえはずじゃが‥‥‥分からんのう。なあ、おさや、もう少し、足を開いてくれんか。よく、見えんわ」

「エッ」とおさやは夢遊の視線を追って、慌てて膝を閉じると両手でふさいだ。

「やっぱり、藤兵衛様の言った通りだったわ」とおさやは夢遊を睨んだ。

「奴も覗いたのか?」

「違います。藤兵衛様は誰かが覗くから気を付けろって言ってくれたんです」

「ふーん、つまんねえ事を言う奴じゃ。とにかく、銀次を呼んでくれ」

「はい」とおさやは膝を押さえたまま、立ち上がると下がって行った。

 銀次が来たのは日暮れ近くだった。

 夢遊は風呂に入り、いつもの派手な格好に戻って、ボーッとしながら小野屋を眺めていた。

「ジュリアは見つかったか?」と聞くと、銀次は首を振った。

「申し訳ありません。まさか、ジュリアを奪われるなんて思ってもいなかったので、油断してしまいました」

「詳しく話せ」

「はい。孫一が旅籠屋に入った時、伝吉と一緒に見張ってたんですが、伝吉の奴はずっと雑賀にいて、安土に帰って来たのは久し振りだったんです」

「伊賀の騒ぎで、すっかり忘れてたわ。伝吉の奴はずっと雑賀にいたのか。そいつは悪い事をしたのう」

「はい。俺も可哀想だと思って、女子の所に行かせたんです」

「ほう。伝吉に女子などいたのか?」

「奴だって男ですからね、うまく行ってるかどうかは知りませんが、惚れた女子くらいいるでしょ」

「そうか。それで?」

「一人で見張ってる時、奴らは動き出したんです」

「抜け穴を調べに行ったんじゃな?」

「はい。我落多屋の前を通れば、すぐに知らせられたんですけど、奴らは通らなかった。ジュリアは安全だろうと、奴らが抜け穴の入り口を捜して、穴に入って行くのを見届けてから我落多屋に戻って、おさやに頼んだんです。俺はまた、すぐに抜け穴に戻りました。奴らが旅籠屋に戻ってから、しばらく見張ってると伝吉が来たので、交替して我落多屋に帰ったら、ジュリアがいなかったとおさやから聞いたんです」

「うむ‥‥‥ほとんどの者が淡路島か伊賀に行っておったからのう。まあ、仕方がねえ。伝吉はまた、孫一を追って行ったのか?」

「はい」

「誰か、代わりの奴を送ってやるか‥‥‥いや、ジュリアがいなくなったんじゃから、孫一を見張る必要もあるめえ。しかし、惜しい事をしたのう。もう少しで抜け穴の図面が手に入ったのにな」

「抜け穴は調べました」と銀次は言った。

「なに?」

「山から平太と城助を連れて来て、昨日の夜、調べました」

 銀次は懐から図面を取り出して、夢遊に見せた。それは入り口から出口までの完璧な図面だった。

「ほう。二つを合わせた物じゃな? マリアの図面も見せて貰ったのか?」

「内緒ですけど」

「そうか‥‥‥よく、やった‥‥‥入り口は長谷川藤五郎の屋敷じゃったのか」

「はい。長谷川もやはり、抜け穴にはからんでいたようですね」

「うむ。死んだ大沢の屋敷はどこにある?」

「やはり、城内です。大手道の脇にあります」

「そうか。善次郎を殺ったのが本当に大沢じゃったのか、怪しくなって来たな」

「でも、大沢が自害したのは事実です」

「そうじゃな。長谷川の仕業だとすれば、信長の側にはいられめえ」

「はい。入り口は裏庭にあるお茶室です。でも、天主までは行けません。ここまでです」

 銀次は図の中央当たりに書いてある『J』という記号を示した。

「これは南蛮文字じゃな」と夢遊は言った。

「これが文字ですか‥‥‥もう一つ変なのがあるんです」

 銀次は天主の下辺りに書いてある『M』という記号を示した。

「うーむ、何じゃろな‥‥‥ここから先へは行けんのか?」

「頑丈な扉がありまして、押しても引いてもビクともしません」

「そうか‥‥‥ところで、善次郎と孫一の接点は分かったのか?」

「マリアに聞いてみましたが、よく分かりません。善次郎も直接、会ってはいなかったんではないかと思います。ただ、孫一の噂を聞き、信長に敵対し続け、何度も、信長を痛い目に会わせて来た奴なら、きっと、話に乗って来るに違いないと思ったんじゃないでしょうか」

「うむ。しかし、どうして、図面を二つに破いて、わしと孫一の所に持って行ったのか、善次郎のやった事は理解できんのう」

「ええ、見当も付きません」

「マリアはあれからずっと修行を続けてるのか?」

「はい。たとえ、一人ででも黄金を盗むと言い張ってます」

「一人ででもやるか‥‥‥案外、気の強え女子じゃな」

「気が強いだけあって、素質はあります。鍛えれば、立派なくノ一(女忍者)になると師範の夕霧も言っています」

「くノ一か‥‥‥まあ、あそこにいれば、ジュリアのようにさらわれる心配はあるめえ」

「ジュリアですが完全に消えてしまいました。あの後、町中で見かけた者はいませんし、安土から出た形跡もありません。ジュリアをさらった者は一人や二人じゃないですよ。かなりの組織を持った連中です」

「そんな連中がこの辺りにいたのか?」

「分かりませんが、何となく不気味です」

「うーむ。しかし、このまま放っておくわけにもいかん。ジュリアの死体を見たくはねえからな。とりあえず、抜け穴に行ってみるか」

「天主の黄金をやるんですか?」

「やるかもしれん。信長のやる事が鼻持ちならなくなって来たからのう」

「こいつは面白くなって来た」と銀次は手を打った。

「待て、その事はまだ誰にも言うな。まず、抜け穴を調べてからじゃ」

「分かりました」

 その夜、夢遊は銀次と抜け穴を調べた。

 銀次が前の晩、板をそのままにしておいたので、池を渡るのは簡単だった。

「昨夜は孫一が置いて行った竹竿を使ったんです」と銀次は言った。

「ほう。孫一は竹竿を用意して来たのか?」

「安土に入った時はかついでました。毛皮を着込んで、鉄砲と竹竿をかついでるんですからね、目立ちましたよ。しかも、一緒にいるのがジュリアです。みんなの注目を浴びてましたよ」

「じゃろうな‥‥‥しかし、穴の中によく、こんな仕掛けを作ったもんじゃ」

「今の信長なら、何でもできますからね」

「まさしく、全能の神様じゃ」

 垂直な穴の所に孫一の竹竿はあったが、縄梯子も下りていた。

「こいつか?」と夢遊は松明で太い竹竿を照らした。

「そうです」

「このままにしておくわけにはいかんな。信長が伊賀から帰って来たら、ここに来るかもしれん。人が入った事が分かれば、ふさいでしまうかもしれんぞ」

「はい。信長よりも先にお頭が帰って来ると思ったものですから」

 夢遊は縄梯子を登った。

上に着くと、分厚い扉を拳で叩きながら、「ここまでか‥‥‥」と言った。

「孫一の奴もここまで来て、引き上げたんだと思います」

 夢遊は松明で扉を照らしながら、「うむ。この扉は‥‥‥」と唸った。

「ビクともしません」と銀次も扉を軽く叩いた。

「こいつは善次郎の仕事じゃ」

「エッ、これが?」

「これは南蛮寺の扉と同じ仕組みじゃ。ここに小さな穴があるじゃろう」

 夢遊は取っ手の下にある穴を示した。

「この穴に変わった形をした鍵を入れて回すと扉が開く仕掛けになってるんじゃ」

「へえ、この穴にねエ‥‥‥その鍵がないと開けられないんですか?」

「多分な。善次郎の仕事じゃからな。そう簡単に開けられるようには作るまい」

「その鍵はどこにあるんです?」

「信長が持ってる。もしかしたら、善次郎も同じ物を持ってたのかもしれん」

「マリアとジュリアが持ってるんでしょうか?」

「かもしれんのう。図面を持っていて鍵の事を知らんというのはおかしいからな」

「しかし、マリアは鍵のような物は持ってませんでしたよ」

「調べたのか?」

「はい、一応。綺麗なマリア観音の像があったくらいで、後は大した物は何も持ってなかったですよ」

「そうか‥‥‥とにかく、一度、聞いてみてくれ。鍵がなければ抜け穴は通れんと言ってな。それと、平太と城助を連れて、ジュリアの事をもう一度、追ってみてくれ。鍵を持ってるかもしれんからな」

 縄梯子を上に上げ、竹竿を伝わって降り、板を元の場所に置き、弓矢の仕掛けも元通りに直し、竹竿で池を渡った。

「孫一はこいつをどこに隠したんじゃ?」と夢遊は竹竿をばらしながら聞いた。

「奥の方です」

 銀次は池と反対の方を示した。

 銀次が示す方を照らして見ると木や竹の屑が散らかっているのが見えた。

「こっちは行き止まりか?」

「ええ」

 夢遊は松明をかざしながら奥の方に入って行った。穴は五間程で行き止まりになっていて、穴を掘った時のゴミが散らかっていた。

 二人はばらした竹竿をその中に放り投げた。長谷川屋敷に登る梯子の所から奥を照らして見ても、竹竿は分からなかった。

「信長もあんな所までは行くまい」と二人は穴から出た。

 次の日、信長が堀久太郎率いる兵と共に凱旋して来た。城下はお祭り騒ぎだったが、夢遊は信長の顔を見る気にはならなかった。城下の騒ぎをよそに、新五を連れて琵琶湖に舟を漕ぎ出した。二人とも菅笠をかぶって漁師の格好をしていた。

「おい、扇屋の後家とうまく行ってるのか?」

 夢遊は遠眼鏡を覗きながら聞いた。

「はい、お陰様で‥‥‥」

 新五は舟を漕ぎながら照れていた。

「後家と会う時、何に化けて行くんじゃ?」

「京都の我落多屋の‥‥‥」

「京都の店の何じゃ?」

「えーと、若旦那です」

「おめえが若旦那か‥‥‥あまり見栄を張ると長く続かねえぞ」

「はい、失敗したと思ってるんです。嘘を付くのが大変で」

「まあ、それも修行じゃ。バレねえようにしろよ」

「はい」

 長谷川屋敷の裏手が見える所まで来ると、夢遊は釣糸を垂らし、天主を見上げた。

 抜け穴を使って黄金を盗むとしたら、船に積んで逃げるしかないと考えていた。しかし、長谷川屋敷から琵琶湖まで運ぶのは不可能と言える程、危険だった。

 長谷川屋敷の石垣の下から琵琶湖まで道はあった。しかし、道の両側には家臣たちの屋敷が並んでいる。たとえ、夜中でも、二十人余りがゾロゾロと黄金をかついで、そこを通り抜けるのは難しい。見つかれば全滅だった。

 夢遊は長谷川屋敷を睨みながら、「成程」と唸った。

「何が成程なんですか?」と新五が釣り針に餌(エサ)を付けながら聞いた。

「善次郎の考えが分かったんじゃ。善次郎はわしだけじゃと不可能だと考えたんじゃ。城内に忍び込んで、長谷川屋敷まで黄金を運ぶ事はわしらにもできるが、その後、無事に逃げるには、孫一の鉄砲と琵琶湖を逃げきる孫一の水軍の腕が必要じゃと考えたんじゃろう」

「孫一の鉄砲に守られながら、あの坂を下って、孫一の船で逃げるんですか?」

「それしかねえじゃろうな。しかし、成功したとしても後が問題じゃ。信長は盗んだ者たちを絶対に許さんじゃろう。怪しいと思われる者は片っ端から捕まえて、皆殺しじゃ。しばらくは関東の方まで逃げなくてはならんかもしれん」

「関東へ‥‥‥」

「それに、マリアとジュリアも見つかれば殺される。抜け穴を利用して黄金が盗まれたとなれば、信長は抜け穴に関係した者は皆殺しにするに違えねえ。孫一も雑賀に戻る事はできんな。奴に雑賀を捨てるだけの度胸があるかどうかじゃな」

「孫一が雑賀に帰らなくても、雑賀の庄は伊賀のように皆殺しにされますね」

「うむ。死体の山が築かれる事になろう」

「この前、孫一は抜け穴を調べましたが、そこまで考えてはいないでしょう。その事に気付けば、手を引くかもしれませんね」

 夢遊はうなづきながら、釣り糸の垂れる湖面をジッと見つめていた。
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