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織田信長が殺された本能寺の変を盗賊の石川五右衛門を主役にして書いてみました。「藤吉郎伝」の続編としてお楽しみ下さい
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2024/03/19 (Tue) 11:58
Posted by 酔雲
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鴬燕軒








 年が明けると、各地から大勢の者たちが信長に新年の挨拶を告げるため、安土の城下に押しかけて来た。百々(ドド)橋を渡って摠見寺から天主へと続く道は人の列で溢れ、石垣が崩れて死者や怪我人まで出るという賑わいだった。

 挨拶に訪れたのは武士は勿論の事、京都から公家衆や僧侶までもが大勢の供を引き連れてやって来た。城下の宿屋はすべて埋まり、寺院も宿所(シュクショ)に宛てがわれたが、それでも足らず、民家も解放しなければならなかった。我落多屋の二階もお澪の屋敷も遠くからやって来た武士に利用された。

 城下の賑わいをよそに、夢遊とお澪の二人は静かな別宅『鴬燕軒』で、二人だけの新年を祝っていた。

 赤々と燃える囲炉裏の端で、南蛮渡りの絨毯(ジュウタン)の上に座り込んで、お澪の手料理をつまみながら夢遊は御機嫌だった。二人とも暖かそうで豪華な綿入れを着込んでいた。

 お澪は夢遊に甘えながら、夢遊が今まで、どんな事をして来たのか、しきりに聞きたがった。すでに、お澪は夢遊の正体を知っているので、思い出話を聞かせてやった。

「わしはのう、伊賀の石川村で生まれたんじゃ。今はもう村はなくなってしまったがな」

 夢遊はお澪の顔を眺めながら、少し顔を歪めて酒を飲んだ。

「御両親は無事だったの?」

 お澪は夢遊に寄り添いながら、酌(シャク)をした。

「もう、ずっと前に死んでるわ。わしの親父は貧しい百姓じゃった。わしは五男でのう。幼い頃から宮大工のもとに奉公に出されたんじゃ。知っての通り、伊賀は忍びで有名じゃ。いや、有名じゃったと言うべきか‥‥‥わしも一流の忍びになりたかったんじゃ。あちこちに武術道場があっての、忍びの術を教えていた。わしも習いたかったが道場に通う銭がなかったんじゃよ。わしは十五の時、国を飛び出した。偉くなって帰って来てやると決心してのう。わしはまず、京都に行ったんじゃ。何とか、京都にたどり着いたが、銭はねえし腹は減るしで最悪じゃった。わしが初めて、盗っ人の真似をしたのは京都じゃ。相手が誰だったか思い出せんが、わしは荷物を引ったくると必死になって逃げた。山の中で荷物を開けると一貫文(イッカンモン)近くの銭が入っていた。わしは京都を後にして東へと向かったんじゃ。別に当てがあったわけじゃねえが、足の向くまま、気の向くままに駿河の国まで行ってのう、駿府(スンプ、静岡市)の場末の木賃宿で、妙な奴と出会ったんじゃ。奴との出会いが、その後のわしの生き方を変えたとも言える」

「へえ、誰なの、その人?」お澪は興味深そうに聞いて来た。

 夢遊はお澪の顔を覗き込みながら、「誰じゃと思う?」と笑った。

「さあ、誰かしら? 駿河と言えば、今川氏でしょ。でも、場末の木賃宿で会ったんじゃ関係ないわよね。大泥棒にでも会ったの?」

「大泥棒かもしれんのう。国を盗んでおるからの」

「その人、武将なのね?」

「木下藤吉郎じゃ。今の羽柴筑前守(チクゼンノカミ)じゃよ」

 夢遊はそう言うと、お澪の口を吸った。

「まあ、そんな古いお付き合いだったの。驚いたわ」

 お澪は夢遊の懐(フトコロ)に手を差し入れた。

 夢遊はお澪を膝の上に抱き上げると、「湯に入るか?」と言った。

 お澪は恥ずかしそうにうなづいた。

 夢遊はお澪を抱きかかえたまま、中庭を通り抜けて湯殿に向かった。下人や下女がいるわけではないので、夢遊が井戸の水を汲んで沸かして運んだ湯だった。

 夢遊はお澪を下ろすと帯を解いて綿入れを脱がせた。綿入れの下は裸だった。

 お澪は長い髪を頭の上でまとめると手拭いで落ちないように縛った。夢遊はその仕草を珍しい物でも見るかのように眺めていた。

「寒いわ」と言いながら、お澪は夢遊の綿入れを脱がせると抱き着いて来た。

 二人は広い湯舟に飛び込むと、ホッと溜め息をついて、お互いを見ながら笑った。

「いい気持ち」とお澪は窓を開けて、寒々とした庭園を眺めた。

「まさしく、パライソ(天国)じゃな」と夢遊はお澪を抱き寄せた。

「ネエ、お話の続き、聞かせて。羽柴様と出会ってどうなったの?」

「あの頃の藤吉郎はの、針売りをやりながら、今川家に仕官する事を夢見ていたんじゃ」と夢遊は話し始めた。

「えっ、羽柴様が針売りをしてたの?」

 お澪は目を丸くして驚いた。

「そうじゃ。『針はいらんかね? 丈夫な針はいらんかね?』って叫びながら、売り歩いていたんじゃ」

「信じられない。針売りから、織田家の重臣になったなんて、まるで、夢物語じゃない」

「奴は夢を実現させて行ったんじゃ」

「凄い人なのネ‥‥‥それで?」

「わしも今川家の武士になるのも悪くねえと思ってな、奴と一緒に仕官口を捜したんじゃが、なかなか見つからなかった。仕方なく、駿府を離れて遠江(トオトウミ)に行った。引馬(ヒクマ、浜松市)の近くで松下佐右衛門(スケウエモン)という侍と出会ってのう、わしらは共に仕える事になったんじゃ。佐右衛門は陰流(カゲリュウ)という武術を教えている兵法指南(ヒョウホウシナン)役じゃった」

「陰流?」とお澪はまた、驚いた顔をして夢遊を見た。

「そなた、陰流を知っておるのか?」と夢遊も驚いた。

「ええ。北条家のお侍もみんな、陰流をやってるわよ。陰流の流祖の愛洲移香斎(アイスイコウサイ)様は北条家とは深いつながりがあるのよ」

 お澪は夢遊の厚い胸を撫でながら言った。

「へえ、そうなのか。十年程前、京都で新陰流を教えていた上泉武蔵守(カミイズミムサシノカミ)殿も愛洲移香斎殿の弟子だそうじゃの」

「そうよ。武蔵守様のお子さんたちは北条家に仕えているわ」

「武蔵守殿は今、どうしておるんじゃ?」

「もう七十を過ぎてらっしゃるし、小田原でのんびりしてらっしゃいます」

「そうか、まだ、健在じゃったか。わしも武蔵守殿の技を見た事あるが、まるで、華麗な舞でも見てるような素晴らしいものじゃった。武芸もあそこまで行くと、まるで、神業のようじゃと思ったわ」

「今でも、その技は衰えてはいないそうよ。風摩の小太郎様でも武蔵守様の前に出ると子供扱いされるって言ってたわ」

「ほう、凄いもんじゃな」

 お澪は急に立ち上がると、窓から顔を出して外を眺めた。

「もうすぐ、梅の花が咲くわ。満開になったら見事でしょうネ」

 夢遊も立ち上がるとお澪を後ろから抱いて、外を見た。

「そうじゃな。満開の頃、また、来よう」

「一緒にお風呂に入りましょ」

 お澪は振り返ると夢遊の首に両手を回して、抱き着いた。

「あなたも陰流を習ってたのネ。それから、どうしたの?」

「一年間、わしは佐右衛門のもとで陰流の修行に励み、藤吉郎と別れて伊賀に帰ったんじゃ。一年間の修行で腕にも自身があった。わしは忍びの術を習おうと甲賀の飯道山(ハンドウサン)に向かったんじゃ」

 夢遊はお澪を抱いたまま、湯の中に沈んだ。

「へえ。あなた、飯道山で修行したの?」

「飯道山も知ってるのか?」

「知ってるわ」

「アッ、そうか。移香斎殿を知ってれば、飯道山も知ってるな。移香斎殿は忍びの術の流祖でもあったんじゃ。飯道山では移香斎殿は神様になっておったわ」

「それだけじゃないの。あなた、門前町に花養院(カヨウイン)ていう尼寺があるのを知ってる?」

「花養院? 孤児院をやってる所か?」

「そう。あそこが小野屋の原点なの。小野屋の初代の御主人だった松恵尼(ショウケイニ)様は花養院の尼さんだったの」

「それでか。それで、小野屋の主人は尼さんにならなければならねえのか?」

「そういう事」

「勿体ねえのう」

 夢遊はお澪を立たせると、お澪の裸を眺めた。お澪は品(シナ)を作って一回りすると夢遊の顔にお湯をかけた。

「でも、どうして甲賀の尼さんが北条家の御用商人になったんじゃ?」

「もう、ずうっと昔のお話よ」

 お澪は夢遊の膝の上に腰を下ろした。

「北条家の初代早雲寺(ソウウンジ)様は伊勢新九郎様といって、関東に出て行く前、飯道山で修行していたの。その頃、一緒だったのが、初代の風摩小太郎様よ。二人は関東に旅立ち、今川家の内訌を治めて、早雲寺様は今川家の武将になって、小太郎様は早雲寺様を陰で支えるようになったの。その後、二人は伊豆の国を乗っ取って、関東へと、だんだんと勢力を広げて行ったのよ。松恵尼様は二人をよく知っていて、二人を助けるために小田原に移ったの。松恵尼様の後を継いだ夢恵尼(ムケイニ)様は愛洲移香斎様の娘さんよ。三代目の葉恵尼(ヨウケイニ)様は移香斎様のお孫さん。四代目の善恵尼(ゼンケイニ)様もお孫さん。そして、五代目があたし。あたしは移香斎様のひ孫にあたるのよ」

「そなたが、あの移香斎殿のひ孫か‥‥‥こいつは驚きじゃ」

「そこまで言う気はなかったんだけど、言っちゃった。あたし、ほんとにあなたに惚れちゃったみたい。この事は内緒よ。武芸者が訪ねて来たら困るわ」

「分かっておる。わしが五右衛門であるのと同じじゃな。二人だけの秘密じゃ」

「それで、飯道山で修行したのネ?」

「それがダメだったんじゃ。あそこは正月にならねえと修行者は取らねえと断られたわ。それに銭もかかると言うしな。わしは諦めて、他を当たったんじゃ。あちこち当たって、わしの腕を認めて、銭はいらんと言ってくれたのが百地三太夫(モモチサンダユウ)じゃった。百地丹波の叔父じゃ。三太夫のもとで、わしは一年半、みっちりと忍びの術をたたき込まれた。一年半経ったある日、三太夫はわしに忍びの者の掟(オキテ)を読んで聞かせ、仕事を命じたんじゃ。わしは掟なんかに縛られたくはなかった。一年半、世話になった三太夫には悪いと思ったが、わしは逃げる事にした。そして、遠江に向かったんじゃ。藤吉郎の猿面が見たくなってのう。もう、いねえかもしれんと思ったが、奴はいた。少し偉くなっていたが、みんなから仲間外れになっていたんじゃ」

「どうして?」

「松下家は武芸を看板にした家柄じゃ。強え者の天下なんじゃよ。藤吉郎も稽古に励んで修行を続けていたが師範になれる程の腕じゃねえ。ただ、奴には他の才能があってな、お納戸(ナンド)役とか普請(フシン)役とかをうまくこなし、佐右衛門には可愛がられていた。それに対する妬(ネタ)みと尾張者じゃとよそ者扱いされていたんじゃよ」

「へえ。羽柴様にもそんな時代があったんだ。今の出世からは、とても考えられないわネ」

「わしはの、松下家なんか小さすぎると言ってな、やめさせたんじゃ。それから、奴は尾張に戻って来て、信長に仕えたというわけじゃ。最初は小者(コモノ)じゃったが、今ではご覧の通りじゃ。わしの方は京都で盗賊稼業を始めた。しかし、失敗してのう。幕府に追われるはめになっちまった。わしはもっと、修行を積まなけりゃダメじゃと思って、再び、飯道山に行き、一年間、修行を積んだんじゃ。そして、三人の仲間を引き連れて京都に舞い戻り、幕府を相手に盗賊稼業を再開したんじゃ。だがな、勘違いしねえでほしいのは、ただの盗っ人じゃねえという事じゃ。わしは『世直し』をするために盗賊になった。あくでえ者たちから財産を奪い取り、貧しい者たちを助けるというのが、わしの仕事じゃ。盗んだ銭で贅沢をしてる事も確かじゃが、世直しをするというのが、わしの信念なんじゃ」

「それで、我落多屋をやってるのネ?」

「そうじゃ。我落多屋を始める前は、貧しい者たちに銭をバラまいてもみたが、そんな事をしてたら切りがねえしのう。ああいう方法しか思い付かなかったんじゃ」

「最近、あなたの噂を聞かないけど、どこで、お仕事してるの?」

「わしはな、藤吉郎と約束したんじゃ。奴が城の主(アルジ)になったら、おぬしの陰になろうとな。北条氏と風摩小太郎の事を飯道山で聞いていたしな」

「それじゃア、今は羽柴様の力になってるのネ?」

「そういう事じゃ。奴がぶつかる敵の所に行っては暴れてるんじゃよ」

「中国地方ってわけネ?」

「そういう事。今月も半ばになったら、備中まで行かなくてはならん」

「そう。また、お別れなのネ」

「辛えが仕方ねえ」

 夢遊はお澪を抱き上げると湯舟から出た。体を拭いて綿入れを着ると、二人は囲炉裏の間の奥にある部屋に入った。大きな火鉢があり、部屋の中は暖かかった。布団も敷いてあり、枕元には酒の用意もしてあった。

 布団の上に座ると夢遊はお椀をお澪に渡して、酒をたっぷりと注いでやった。

 お澪はグイと一口飲むと、「おいしい」と笑って、お椀を夢遊に返した。

「あなたが羽柴様の事を話してくれたので、あたし、惟任(コレトウ)様の事を話してあげるわ」

「惟任様? ああ、坂本の明智十兵衛(光秀)か」

 夢遊はグイグイと酒を飲み干した。

「うまいのう。そなた、十兵衛と親しいのか?」

「親しいってわけじゃないけど、縁はあるの」

 お澪は夢遊の持つお椀に酒を注ぐと、お椀を取って、うまそうに酒を飲んだ。

「どんな?」と夢遊は聞いた。

「十兵衛様が美濃の斎藤道三様の甥(オイ)御さんだって事は知ってるわネ?」

「ああ、聞いた事はある」

「斎藤道三様が愛洲移香斎様のお弟子さんだったって事は?」

「初耳じゃ」

「道三様は若い頃、移香斎様と一緒に武者修行の旅に出た事があるの。その時、一緒だったのが、北条家の長老である幻庵(ゲンアン)様だったのよ。二人がまだ十五、六の時だったらしいわ。一年間、旅をしながら、移香斎様から武芸を習ったの。その後、二人が会う事はなかったけど、十兵衛様は道三様から幻庵様の事を聞かされて小田原にやって来たのよ。アッ、そうそう、十兵衛様も飯道山で修行なさったらしいわ。同期に高槻城主だった和田伊賀守様がいたって言ってたわ」

「へえ。あの十兵衛が飯道山で修行したとはのう。確かに武芸の腕はなかなかなもんじゃと感じてはいたが、あそこにいたとは驚きじゃわ」

「飯道山の修行の後、小田原に来たのよ。幻庵様に歓迎されてネ、風摩の砦に入ったの」

「ナニ、十兵衛は風摩の一味じゃったのか?」

「違うわよ。風摩の砦と言っても、箱根の山中にある武術道場なの。勿論、風摩党に入る者たちもいるけど、北条家に仕えるお侍も修行してるのよ。十兵衛様はネ、今の小太郎様と同い年だったの。二人は一緒に修行を積んだらしいわ」

「風摩小太郎と十兵衛がか?」

「そうらしいわ。十兵衛様は二年間、小田原にいて武芸の修行に励んだだけじゃなく、色々な事を学んだのよ。北条家は初代の早雲寺様の頃から『民衆のための国』を作るというのが、あなたじゃないけど、信念だったの。お侍のためじゃなく、民衆のための新しい国を作ろうとして来たの。十兵衛様もその事を学んで美濃に帰ったのよ。道三様を助けて、新しい国作りをしようと思ったのかもしれない。でも、道三様は子の新九郎(義龍)様に敗れて、十兵衛様も浪人の身になってしまったわ。越前の朝倉氏に仕えたり、流浪していた将軍(義昭)様にお仕えしたりして、ようやく、信長様と出会って、今のように出世できたのよ。十兵衛様の領内は、十兵衛様のお陰で他所よりは年貢が安いはずよ。十兵衛様も民衆から慕われているわ。十兵衛様は小田原の事をまだ忘れてはいないのよ」

「北条氏というのは新しい国作りをしていたのか‥‥‥」

 夢遊は酒を飲むと火鉢の火をジッと見つめた。

 お澪は空になったお椀に酒を注いだ。

「あなたは盗賊になったけど、百年前に生まれていたら羽柴様と一緒に、早雲寺様と初代の小太郎様のように、新しい国を作ろうとしたかもしれないわネ」

「新しい国か‥‥‥」

「信長様も新しい国を作ろうとしていらっしゃる。でも、民衆のための国ではないわネ。最初は皆、民衆のために新しい国を作ろうとしていたのかもしれない。本願寺もそうだった。加賀(石川県)に百姓の持ちたる国を作ったけど、権力を持った者が威張り出すと、理想からだんだんと離れて行っちゃった。北条家もそうかもしれない。領地を広げて行くに従って、敵とぶつかり会い、戦を続けなくてはならなくなって、民衆を犠牲にしている」

「そなた、色々な事を知ってるのう」と夢遊は感心した。

「小野屋の出店があっちこっちにあってネ、色んな情報が入って来るのよ。今、どこどこで戦が始まったと聞けば、戦に必要な物を用意してそこに運ぶのよ」

「武器か?」

「武器も扱ってるし、お米やお塩、馬だって扱ってるの」

「可愛い顔をして、考える事は大きいのう」

「あたしの代で小野屋をつぶすわけには行かないでしょ。情報を分析して稼がなけりゃならないのよ」

「大した女子(オナゴ)じゃ」

「やるべき事はちゃんとやらないとネ。あなたと会ってるから、仕事に身が入らないって言われたくないもの」

「そうじゃな。わしもやるべき事はちゃんとやるつもりじゃ」

「今、やるべき事はなんなの?」

「今か、今はそなたをたっぷりと可愛がる事じゃ」

 夢遊はお澪を抱き寄せた。

「そなたのやるべき事は何じゃ?」

「あたし? あたしはネ、今日はお酒をいっぱい飲んで、夢ん中で遊ぶの」

 お澪は一息に酒を飲み干すと、フーと吐息を漏らして、ウフフと笑った。

「そうか、ジャンジャン飲め。しかし、この酒はうまいのう。江川酒とか言ったのう」

「そうよ。信長様もおいしいって褒めてくれたわ」

「ほう、信長もこいつを飲んでおるのか?」

「今、北条家は信長様と同盟してるでしょ。度々、贈り物をするのよ。それを用意するのもあたしたち小野屋の仕事なの」

「北条家は信長と同盟しておったのか?」

「知らなかったの?」

「ああ、初耳じゃ」

「甲斐(山梨県)の武田様が越後(新潟県)の上杉様と同盟したので、北条家は三河(愛知県)の徳川様と同盟したの。徳川様と信長様は古くから同盟してるでしょ。徳川様の斡旋で北条家も信長様と同盟したのよ。でも、甲斐の武田が滅んだら、どうなるか分からないわ。信長様の仕置き次第では、北条家と信長様は敵味方になるかもしれない」

「そうなったら、どうなるんじゃ? 信長の事じゃ、北条の息の掛かった小野屋を皆殺しにするかもしれんぞ」

「その可能性はあるわネ。だから、信長様の動きを見守ってるのよ」

「そうか‥‥‥そうなったら、わしがお澪殿を絶対に守ってやる」

「信長様を敵に回しても、あたしを守ってくれるの?」

「当然じゃ。最近の信長は許せんと思っておるんじゃ。しかし、藤吉郎は信長の家臣じゃ。奴は信長に恩を感じている。奴を裏切る事はできんが、そなたのためなら仕方あるめえ」

「嬉しいわ。ネエ、五右衛門様って呼んでもいい?」

「二人だけじゃ。遠慮はいらん」

「五右衛門様、お澪と呼んで」

 お澪は綿入れを脱ぐと布団の中に潜り込んだ。

 夢遊も脱ぎ捨てると、「お澪、お澪」と布団の中に潜って行った。
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