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織田信長が殺された本能寺の変を盗賊の石川五右衛門を主役にして書いてみました。「藤吉郎伝」の続編としてお楽しみ下さい
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2014/09/18 (Thu) 10:38
Posted by 酔雲
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飛んでる娘







 琵琶湖に突き出た丘の上に華麗な楼閣(ロウカク)がそびえている。

 その豪華さは、この世のモノとは思えない程、素晴らしく、とても、言葉では表現できない程、美しかった。

 五年前まで、人家もまばらな辺鄙(ヘンピ)な土地が今、誰もが注目する都となっていた。

 安土(アヅチ)である。

 尾張(愛知県)出身の英雄、織田信長は破竹の勢いで、群がる敵を打ち倒し、清須から岐阜、岐阜から京都へと進出したが、京都に留まる事なく、琵琶湖畔の安土の地に本拠地を置き、城下町を建設した。丘の上に石垣を積み上げ、五層建ての豪華な御殿を築き、それを天主と命名した。

 城下には家臣たちの屋敷が並び、各地から集まって来た商人や職人たちが、新しい町を作っていた。町々は活気に溢れ、人々は城下の象徴である輝く天主を見上げながら、信長のお陰でようやく、戦乱の日々も終わったと安堵の日々を送っていた。

 梅雨の上がった夏晴れの朝、職人たちの町への入り口に当たる鎌屋の辻と呼ばれる大通りの四つ角で、見るからに変わった二人の娘が深刻そうな顔付きで話し込んでいた。

 二人共、足丸出しの丈(タケ)の短い単衣(ヒトエ)を着て、腰に巻いた白い帯の結び目を横に垂らしている。長い髪には蝶々のようなリボンを結び、旅支度をしているつもりか、小さな包みを背負って、杖(ツエ)を持っていた。

 一人は赤い朝顔模様の単衣に赤いリボン、もう一人は青い朝顔模様の単衣に青いリボンを付け、好みの色は違うが、顔付きも体付きもそっくりだった。

「じゃア、気イ付けてネ」と赤いリボンの娘が跳びはねた。

「あんたもネ」と青いリボンの娘も跳びはねた。

「うまくやりましょ、ネ」

 二人はうなづくと、天主を見上げてから、手の平をポンとたたき合って別れた。
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飛んでる娘








 朝から日差しが強かった。

 琵琶湖はキラキラと輝き、船は気持ちよさそうに湖上を走っていた。

「あたしネ、初めてよ、お船に乗るの」

 琵琶湖から望む天主を眺めながら、マリアはキャッキャッとはしゃいでいた。

「ステキねえ、スッゴク綺麗」と何度も言っては溜め息を付いた。

 琵琶湖から眺める天主はまた格別だった。青空の中、強い日差しを浴びて、神々しく輝いている。まさに、全能の神が住んでいる御殿を思わせた。

 マリアと共に京都に向かうのは勘八(カンパチ)という若者だった。

 勘八は我落多屋の使い走りで、年中、安土と京都、あるいは堺を行ったり来たりしていた。足が速いのが自慢で、革の鉢巻をして、腰に脇差を差し、縦縞模様の帷子(カタビラ)の裾をはしょっていた。

 勘八は珍しそうにマリアを眺め、しきりにヤソ教の事やマリアの身の上を聞いて来た。

「あたしが十歳の時、お母様は亡くなったの」とマリアは琵琶湖を眺めながら言った。

「それじゃア、一人ぼっちなのか?」

 勘八は風に揺れるマリアの朽葉(クチバ)色の髪を眺めながら聞いた。今日は黄色いリボンで髪を縛っていた。

 マリアはうなづいた。

「でもネ、あたしにはデウス(神)様がついてるモン。一人ぼっちじゃないの」

「そうか‥‥‥デウス様か」

「京都で生まれたのよ、あたし。でも、生まれてすぐ、堺に移ったから、全然、覚えてないの」

「へえ、京都で生まれて、堺で育って、そして、安土に来たのか?」

 マリアは首を振った。

「堺にいたのは五つまでよ。その後、また京都に戻って来たの‥‥‥それから、八つの時、高槻に行ったの。お母様が亡くなったのは高槻だった。高槻には去年の春までいたの。それからよ、安土に来たのは」

「へえ、高槻にもいたのか、俺も一度、あそこに行った事がある。あそこは、まさにキリシタンの都だな。安土以上に南蛮人が多くいたのは驚いたわ」

「お殿様(高山右近)がキリシタンだから、大勢のキリシタンが集まって来るの。お父様はあそこで、教会堂やパードレ様のお屋敷をいっぱい建てたのよ。安土のセミナリオだって、お父様が建てたんだから」

「大したもんだな。そういえば、セミナリオに双子の混血娘がいるって噂を聞いた事あるけど、お前の事じゃないのか?」

 マリアは驚いたように勘八を見たが、すぐに琵琶湖の方に目をやり、「違うよ」と否定した。

「あたしじゃない。確かに双子の娘がいたけど、九州の方に行ったはずよ」

「九州か、そいつはまた遠くに行ったもんだな。九州の方にはキリシタンが大勢いるらしいな。混血娘っていうのも大勢いるのか?」

「いるよ。高槻にもいっぱいいるの。パードレ様はネ、大勢の南蛮人を連れて、この国にやって来るの。何年か過ごして帰ってくけど、必ず、混血の子を残して行くのよ。あたしのお母様もそうだった」

「南蛮人は日本の女子(オナゴ)に子供を産ませて、ほったらかしにして去って行くのか?」

「仕方ないのよ。長い船旅は危険が多いし、連れてきたいけど、連れてけないのよ」

「南蛮の国か‥‥‥遠いんだろうな」

「あたしも行ってみたい。お爺様のお国へ」
チャランポラン








 マリアが京都の我落多屋で夢遊を待っていた頃、夢遊は安土に帰っていた。

 フラフラした足取りで、船から下りると、「セニョリータ(お嬢さん)、元気だったかい? 一緒にお茶でも飲まない?」と道行く娘に声を掛けながら、のんびりと歩いていた。

 アワビと松タケが大きく描かれた派手な単衣(ヒトエ)に白鞘(シロサヤ)の長い刀を差し、茶筅髷(チャセンマゲ)を高く結っていた。背が六尺近くもあるのに、さらに高く見えた。

 声を掛けられた娘はニコッと笑い、「また、今度ネ」と手を振った。

「セニョーラ(奥さん)、遊ばない?」と今度は人妻に声を掛けた。

 人妻は顔を赤らめ、「やあネ、昼間っから」と笑って、夢遊の背中をポンとたたいた。

 夢遊はすれ違う者たちに陽気に声を掛けながら、我落多屋の暖簾をくぐった。

「アラ、大旦那様、お帰りなさい」とおさやが笑顔で迎えた。

「ほう。おめえ、色っぽくなったじゃねえか」

 おさやはマリアのように流行りの丈の短い単衣を着ていた。マリアのようにスラッとした足ではなかったが、なかなか色っぽい足だった。

「ほんと?」とおさやは嬉しそうに一回りして見せた。

「いい女子(オナゴ)じゃ。今度、わしと遊ぼう」

 夢遊はおさやの尻を撫でると店を抜けて、屋敷の二階へ向かった。

 藤兵衛よりマリアの事を聞き、南蛮大工の善次郎が殺された事を知ると驚き、「なぜじゃ?」と藤兵衛を問い詰めた。

「物取りの仕業かと娘は言ってましたが‥‥‥なんでも、殿様から頂戴した金の小判を盗まれたとか」

「物取りか‥‥‥確かに、善次郎は城内の仕事をしておったがのう‥‥‥どうも臭えな」

「娘は石川五右衛門に仇(カタキ)を討ってもらうと言っています」

「ほう、五右衛門は盗賊をやめて、仇討ちを請け負ってるのか?」

「知りませんよ、そんな事。仇を討って、奪われた金貨を取り戻してほしいと娘は言ってました」

「いくら盗まれたんじゃ?」

「金貨五枚」

「五十両か、大金じゃな。それだけの報酬を貰ったとなると、かなり、重要な仕事をしたという事になるのう」

 夢遊は派手な単衣の胸をはだけ、扇子で風を入れた。
チャランポラン








 お澪から御馳走に預かった夢遊はその後、お澪との素晴らしい夜を期待していた。お澪も帰れとは言わないし、話が弾んで夜遅くまで酒を飲んでいた。

 お澪は酒が強かった。

 いくら飲んでも、涼しい顔をして笑っている。いつもの夢遊なら、とっくに口説き落として、布団の中にいるはずなのに、お澪はなかなか落ちなかった。なぜか、うまくかわされてしまう。

 とうとう、夢遊の方が酔い潰れてしまい、気が付くと、もう夜が明けていた。それでも、隣にはお澪が可愛い顔をして寄り添って寝ていた。

 夢遊は重い頭を持ち上げた。お澪の形のいい乳房が目の前にあった。掛けてある単衣をめくってみると夢遊もお澪も裸だった。

「どうしたんじゃろ?」と夢遊は目をこすった。

「何も覚えておらん」とお澪の乳房に触った。

 お澪が目を開けて、夢遊の首に手を回した。

「わしはそなたを抱いたのか?」と聞くと、お澪はニコッと笑った。

 夢遊も笑い、お澪を抱き寄せると、お澪は腕から擦り抜けて、「昨夜(ユウベ)は楽しかったわ。しばらく、お別れネ」と裸のまま、隣の部屋に消えてしまった。

 追いかけようとしたが、お澪の姿が二つに見え、頭はガンガンするし、急に気分が悪くなった。

「何やってんだ、この馬鹿野郎が‥‥‥」と自分に向かって悪態をついた。

 お澪と別れがたく、夢遊は頭が痛いのを我慢して、一緒に大津まで行く事に決め、船に乗った。

 船旅は最悪だった。風が強くて波が荒く、船は大揺れして、立っている事もできなかった。今まで船酔いなどした事なかったのに、その日に限って、気持ち悪くなり、何度も吐き、お澪から貰った薬を飲んで、ジッとうずくまっている他なかった。

「クソッ、こんな惨めな姿を見られるんなら、キッパリと安土で別れていればよかったわ」と腹を押さえながら後悔していた。

 大津港で心配顔のお澪に別れを告げ、せつない気持ちで夢遊は京都に向かった。
夕立








 カンカン照りの物凄い暑さだった。

 堺に向かったマリアと勘八は、その日の昼頃、高槻に着いた。

「たまらんのう」と勘八は汗でビッショリになった手拭いを絞ると、頭の上に載せた。

 マリアの洒落たハンカチもビショビショだった。菅笠を被っていたが、この猛暑には耐えられないようだった。溜め息をつきながら、恨めしそうに太陽を見上げた。

 高山右近の城下、高槻はキリシタンの都だった。城下に住む者はほとんどがキリシタンで、あちこちに教会堂が建ち、南蛮人も多く、まるで、異国に来たような雰囲気だった。

 久し振りに帰って来たマリアは何を見ても懐かしがり、暑さも忘れて、楽しそうに勘八に色々と説明してくれた。

 高槻ではマリアは有名だった。

 教会堂に顔を出す度に、マリア様が帰って来たと皆から持て囃された。そして、父の事を聞かれる度に、悲しい顔をして、父の死を告げなければならなかった。この城下で数々の教会堂や宣教師たちの屋敷を建てた善次郎の突然の死は信者たちを驚かせ、悲しませた。すぐに、善次郎のためのお祈りがマリアを中心に始まり、勘八も付き合わされた。

 一度目は勘八も神妙にお祈りに参加したが、それが二度、三度となると付き合ってはいられなかった。結局、その日の午後はお祈り三昧(ザンマイ)で日が暮れた。

 マリアの祖母はキリシタンの尼僧だった。教会堂に仕えているため、自分の家を持っていなかった。マリアと勘八は教会堂の隣にある信者たちのための宿泊施設に泊めてもらった。

 勘八は初めて、マリアと二人きりの夜を過ごせると楽しみにしていたが、その宿は男と女の部屋は別々だった。勘八は河内の国(大阪府)からやって来たという熱心な信者たちと相部屋になり、色々と質問されて困った。マリアから、この宿はキリシタン以外は泊めないから信者の振りをしてくれと言われていた。勘八はマリアから聞いた話をもとに何とかつじつまを合わせていたが、疲れていると言って早めに横になってしまった。しかし、暑苦しくて、なかなか寝付けなかった。
夕立








 強い日差しの中、勘八は眠い目をこすりながら、マリアを守って堺へと向かった。

 堺の港は摂津(セッツ)の国と和泉(イズミ)の国の境にあった。織田信長の代官、松井友閑(ユウカン)の監督下にあったが、会合(エゴウ)衆と呼ばれる三十六人の有力商人たちに自治は任されていた。

 商人たちの町として活気に満ち、港には朝鮮や琉球(沖縄)、マラッカ(マレーシア)から来た異国の船が浮かび、異国の商人たちも多く暮らしていた。

 勘八とマリアの二人は東から堺に入り、大小路(オオショウジ)と呼ばれる大通りを港へと歩いていた。

 大小路には有力商人たちの大きな屋敷がずらりと並び、その建物は皆、華麗だった。それぞれの建物が個性を競い、銭に糸目を付けずに建てられた豪邸ばかりだった。

「スッゴイ、この町は他の町とは全然違う雰囲気ネ」とマリアがキョロキョロしながら言った。

「大尽(ダイジン)が多いからな。よその大尽とは桁(ケタ)が全然、違うわ」

「そうネ‥‥‥あたし、五歳まで、ここにいたんだけど、あまり覚えてない」

「お前の親父はここの教会堂も建てたのか?」

「建てたと思うけど、よく分かんない」

「行って見るか? 見れば思い出すかもしれねえ」

 マリアは勘八を見ながら、うなづいた。

 昨夜、安土城の図面を見せてから、勘八は急に頼もしくなったとマリアは感じていた。マリアの身に危険が迫っていると勘八はマリアを守るために必死になって気配りをしている。逢坂山で山伏に襲われた後、京都に入る時も、勘八はマリアの事を守っていたが、あの時はまだ、勘八の事をあまり知らなかったので何とも思わなかったが、半月余りも一緒にいると、少しずつ勘八に惹かれて行く自分を感じていた。

 大通りから右手に曲がり、しばらく行くと『日比屋』と看板のある屋敷に出た。その屋敷の裏に教会堂はあった。この一画だけがキリシタン一色に染まり、大勢の信者たちが集まっていた。

 マリアが教会堂を眺めていると、「善次郎さんのお嬢さんじゃありませんか?」とイルマン(修道士)らしい日本人が声を掛けて来た。

 マリアがポカンとしていると、「高槻でお世話になった惣助ですよ」と言った。

 マリアは思い出したらしく、再会を喜んでいた。惣助によって日比屋の主人、了慶(リョウケイ)を紹介され、マリアは歓迎された。

 善次郎の死を告げると了慶は悲しみ、信者たちを集めてお祈りを捧げた。長いお祈りの間も、勘八はマリアの側を離れずに回りに気を配っていた。

 お祈りが終わり、教会堂とは大小路を挟んで反対側にある中浜町の我落多屋に着いた時には、もう日が暮れかかっていた。
山の砦








 おつたに連れられて、マリアと勘八は安土の北東にある霊仙山(リョウセンザン)の山中へと入って行った。

「ネエ、どこ、行くの?」と薄暗い山道を見上げながら、マリアが聞いた。

「お頭の所に決まってるでしょ」とおつたはサッサと山道を登って行った。

「どうして、五右衛門様はこんな山の中にいるの?」

「盗っ人が町中にいるわけないでしょ」

 おつたの言う事はもっともだが、マリアは何となく不安になっていた。

「奴に捕まったら、終わりじゃ、ヒッヒッヒ」と言った夢遊の言葉が思い出された。

 盗賊一味の荒くれ男どもに囲まれて、乱暴されるのではないかと恐ろしくなった。

 マリアは急に足を止めると、後ろから来る勘八を振り返った。

「大丈夫だよ」と勘八は自信ありげに言ったが、勘八一人で盗賊を相手に逃げられるとは思えなかった。

「お前の事は俺が命懸けで守る。それに、石川五右衛門はお前の親父さんの事を知ってるんだろ。大丈夫だよ」

「そうネ、大丈夫よネ」とマリアは自分に言い聞かせた。

 勘八はマリアの手を引くと、おつたの後を追って行った。

 道がなくなっても、おつたは草をかき分けて、どんどん登って行った。

 ここまで来たら、もうどこまでも付いて行ってやるとマリアは覚悟を決め、汗を拭きながら後を追った。

 途中、危険な岩場があった。おつたは身が軽く、ヒョイヒョイと岩をよじ登って行った。マリアは負けるものかと必死になって岩にしがみついた。

「あんた、なかなか、やるじゃない」とおつたは笑った。

「五右衛門様に会うためなら、こんな事くらい‥‥‥」マリアは額の汗を拭うと岩壁を見上げた。

「もうすぐよ」

 岩場を抜けると後は比較的平坦な道が続いた。しばらく行くと鬱蒼(ウッソウ)とした木立の中に、空堀と土塁に囲まれた砦が現れた。まさに、大盗賊、石川五右衛門の砦を思わせる不気味さが漂っていた。

「この中に、五右衛門様がいるのネ」とマリアはポツリとつぶやいた。
山の砦








 マリアが武術の修行に熱中しているのを見て安心した五右衛門は、夢遊に戻って安土に帰った。お澪は帰っているかと小野屋に顔を出したが、まだ帰っていなかった。

 マリアの後を付けていた薬売りもいなかった。相手を甘く見過ぎてしまい、逃げられてしまったという。

「ただの薬売りではない事は確かです。奴は一流の忍びに間違いありません」と藤兵衛は首の後ろをかきながら言った。

「一流の忍びが、どうして、マリアを追っていたんじゃ?」

「それは分かりませんが、善次郎が殺された頃、新堂の小太郎が安土から消えています。もしかしたら、奴がからんでいるかも」

「小太郎じゃと? 奴は信長の命を狙ってるんじゃろう」

「奴は信長を殺すため、この安土に来て、天主を毎日、睨んでいたに違いありません。そして、抜け穴に気付いたのかもしれません。どれだけの規模の抜け穴か知りませんが、抜け穴を掘るには金(カネ)掘りが必要です。金掘りが城に入るのを見たのかもしれませんね」

「うむ、あり得るな」と夢遊は渋い顔をしてうなづいた。「抜け穴などそう簡単に掘れるもんじゃねえからの。穴を掘れば土が出る。天主から土を運び出す所を見たのかもしれん」

「小太郎は抜け穴に気付き、何とかして抜け穴の入り口を捜そうとしていた。善次郎が城に呼ばれた事も知っていたでしょう。その善次郎が何者かに殺され、抜け穴に関係あると感づいたんでしょう。そこで、娘が何か知っているのではないかと追ってみる事にした。そしたら、娘の命を狙っている山伏がいたので、何かあると確信を持ったんでしょう」

「成程。となるとジュリアを追って行ったのは小太郎か?」

「可能性はあります」

「新五は小太郎の顔を知ってたな?」

「はい。新五がジュリアの行方を突き止めれば、それも分かるでしょう」

「当然、小太郎の隠れ家は探ったんじゃな?」

「モヌケの殻でした」

「そうか‥‥‥相変わらず、奴はわしらを嫌ってるらしいの」

「小太郎も今では中忍(チュウニン)として、何人もの下忍(ゲニン)を使ってる身分じゃからな。わしらの存在を認めたら、下忍たちに示しが付かなくなるからでしょう」

「まあな」と夢遊は力なく笑うと二階に上がった。
地獄絵








 父親を殺した大沢弥三郎の首が安土城下で晒(サラ)された事を知ると、マリアは口をポカンと開けて驚き、「エッ、それじゃア、お殿様が仇を討ってくれたの?」と銀次に聞き返した。

「そういう事になるな」と銀次はうなづいた。「お殿様はな、お前の親父さんが殺された事を知ると下手人(ゲシュニン)を絶対に捜せと命じて、下手人がお殿様の可愛がっていた側近の者だと分かっても容赦(ヨウシャ)しなかったそうだ。お殿様は善次郎さんの才能を高く買っていたんだよ」

「そうだったの‥‥‥仇はお殿様じゃなかったんだ」

「お殿様が仇だと思ってたのか?」

「だって、お父様が殺された原因は抜け穴の事だと思ってたモン」

「そうか、そう思うのも無理ねえか。しかし、お殿様じゃなかった」

「その大沢っていう人、なんで、お父様を殺したの?」

「はっきり言うと大沢が死んでしまった今、その理由は分からん。ただ、お前が思った通り、抜け穴の事に関係ある事は確かだ。多分、大沢は抜け穴作りの奉行だったんだろう。お前の親父さんは大沢に命じられて、抜け穴に関係する何らかの仕事をした。そして、その仕事はうまく行ったはずだ。お殿様から褒美(ホウビ)を貰って城から出たんだからな。ところが、その後、大沢は何かを見つけた。それが何だったのか分からんが、多分、善次郎さんが書いた抜け穴の図面の事だろう。善次郎さんが殺される前の日、編み笠をかぶった侍が善次郎さんの家を訪ねている。そいつは大沢に違いない。奴は善次郎さんを問い詰めたが、善次郎さんは抜け穴の図面の事は言わなかった。そして、次の日、大沢が雇った浪人者に殺された。大沢は何気ない顔をして町奉行の者と一緒に現場にやって来て、家の中を調べている。多分、抜け穴の図面を捜したんだろう。しかし、見つける事はできず、山伏を雇って、お前とジュリアを見張らせたんだ。安土から出たら、お前らを殺せとでも言ったんだろう。大した山伏じゃなかったんで失敗に終わったがな。大沢の奴はお前らが死んだと思っていたかもしれん」

 マリアは銀次の話を聞いた後、自分の部屋に帰り、父親が彫ったマリア観音の前にひざまずいて、亡き父のために祈りを捧げた。

 銀次はマリアを安土の城下まで連れて帰るつもりだったが、マリアは山を下りようとはしなかった。

「あたし、お父様の意志を継いで、各地にオスピタルを建てる決心を固めたの。そのためには、もっと強くなって、安土の天主にある黄金を盗まなければならないの」

 マリアは天主に忍び込む事を本気で考えていた。銀次が諦めさせようとしても、マリアの意志は堅く、絶対に黄金を盗むと言い張った。銀次は勘八にマリアの事を頼み、山を下りた。

 マリアは武術の稽古に真剣だった。他の娘たちに早く追い付こうと、砦の外の山中で夜遅くまで、勘八を相手に稽古に励んでいた。勘八はマリアと二人だけで稽古をしながら、いつも、マリアを抱きたいと思っていたが、マリアの頭の中は武術の事でいっぱいだった。

 八月になり、勘八は砦を出なくてはならなくなった。マリアの命を狙う者がいなくなったので、いつかはマリアと離れなければならない事は分かっていても、もう少し、一緒にいたいと思っていた。

 別れの前の晩、勘八がいつものように砦の裏の山の中に行くとマリアは待っていた。しかし、いつもの稽古着姿ではなく、山に来た時の丈の短い単衣を着ていた。

「おい、どうしたんだ?」と聞くと、マリアは寂しそうな顔をして、勘八を見つめ、「明日、お別れなんでしょ?」と言った。

 勘八はうなづき、「お前も下りるのか?」と聞いた。

 マリアは首を振って、勘八に抱き着いて来た。

「あたしの事、忘れないでネ」

「忘れるもんか」

 勘八はマリアを抱き締めた。

 二人の頭上に降るような星が輝いていた。
地獄絵








 九月下旬、上野の西にある比自(ヒジ)山の砦に北伊賀の忍びが集まり、織田の大軍に対して最後の抵抗を始めた。砦には十一人の中忍(チュウニン)と呼ばれる旗頭と四十九(シジュウク)院の山伏たちを中心に、千人近くの忍びや武士と三千近くの女子供が立て籠もっていた。

 対する織田方は丹羽軍、蒲生軍、堀軍の二万三千余りの兵が砦を完璧に包囲していた。

 夢遊はその情報を聞くと仲間を集めて意見を聞いた。

「どう思う?」

「全滅じゃな」と使い番衆の頭、半兵衛が寝そべったまま言った。

 半兵衛は新五や勘八の頭だった。半兵衛も伊賀にいた兄弟を失っていた。

「じゃろうな、クソッ」と孫兵衛が刀の柄をたたいた。

「しかし、黙って見てはいられません。せめて、女子供だけでも助けてやりたい」と彦一が皆の顔を見回した。

「敵に完全に包囲されてる中、女子供を助け出す事など不可能じゃ」と孫兵衛は吐き捨てた。

「しかし、何もせずに見ているわけにもいくめえ」と半兵衛が起き上がった。「身内の仇を討ってやらなくてはの」

「どうなるか分からんが、とにかく、比自山に行ってみるか?」と夢遊が言うと皆、力強くうなづいた。

 負けると分かっていても、ジッとして状況を見守っているわけにはいかなかった。

「新五、おめえはここに残れ。もしもの事があったら京都に行って、宗仁に知らせろ」

「そんな、俺も連れて行って下さい。俺は伊賀者じゃないけど、あんな残酷なやり方を見て黙っていられません」

「よし、おめえも来い」

 夢遊は忍び装束に身を固めて、伊賀出身の十一人の配下と新五を引き連れて、長田郷の比自山砦に向かった。
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