織田信長が殺された本能寺の変を盗賊の石川五右衛門を主役にして書いてみました。「藤吉郎伝」の続編としてお楽しみ下さい
チャランポラン
2
お澪から御馳走に預かった夢遊はその後、お澪との素晴らしい夜を期待していた。お澪も帰れとは言わないし、話が弾んで夜遅くまで酒を飲んでいた。
お澪は酒が強かった。
いくら飲んでも、涼しい顔をして笑っている。いつもの夢遊なら、とっくに口説き落として、布団の中にいるはずなのに、お澪はなかなか落ちなかった。なぜか、うまくかわされてしまう。
とうとう、夢遊の方が酔い潰れてしまい、気が付くと、もう夜が明けていた。それでも、隣にはお澪が可愛い顔をして寄り添って寝ていた。
夢遊は重い頭を持ち上げた。お澪の形のいい乳房が目の前にあった。掛けてある単衣をめくってみると夢遊もお澪も裸だった。
「どうしたんじゃろ?」と夢遊は目をこすった。
「何も覚えておらん」とお澪の乳房に触った。
お澪が目を開けて、夢遊の首に手を回した。
「わしはそなたを抱いたのか?」と聞くと、お澪はニコッと笑った。
夢遊も笑い、お澪を抱き寄せると、お澪は腕から擦り抜けて、「昨夜(ユウベ)は楽しかったわ。しばらく、お別れネ」と裸のまま、隣の部屋に消えてしまった。
追いかけようとしたが、お澪の姿が二つに見え、頭はガンガンするし、急に気分が悪くなった。
「何やってんだ、この馬鹿野郎が‥‥‥」と自分に向かって悪態をついた。
お澪と別れがたく、夢遊は頭が痛いのを我慢して、一緒に大津まで行く事に決め、船に乗った。
船旅は最悪だった。風が強くて波が荒く、船は大揺れして、立っている事もできなかった。今まで船酔いなどした事なかったのに、その日に限って、気持ち悪くなり、何度も吐き、お澪から貰った薬を飲んで、ジッとうずくまっている他なかった。
「クソッ、こんな惨めな姿を見られるんなら、キッパリと安土で別れていればよかったわ」と腹を押さえながら後悔していた。
大津港で心配顔のお澪に別れを告げ、せつない気持ちで夢遊は京都に向かった。
杖をつきながら、重い足を引きずるようにして、やっとの思いで逢坂山を越えた。もう二度と深酒はしねえぞと心に誓いながら、ヨタヨタと歩いていた。それでも、都が近づくに連れて頭痛もだんだんと治り、気分もよくなって来た。四条の橋を渡る頃には、すっかり機嫌も治り、いつもの調子で、女たちに声を掛けながら飄々と歩いていた。
「セニョリータ、元気だったかい?」
「アラ、我落多屋の旦那様、お帰りなさい」
「ちょっと、お茶でも飲むか?」
「今はダメですよ。お仕事中ですもの」
我落多屋の店内にいた山伏姿の新五が、夢遊の声を聞いて店から出て来た。マリアと勘八も暖簾から顔を出した。
夢遊は向かいの呉服屋の奉公娘を口説いていた。娘が呼ばれて店の中に消えると夢遊は諦めて、我落多屋の方に来た。
「アレ、随分、早かったですね」と新五が笑いながら、夢遊を迎えた。
「おめえの方が早えじゃねえか」と夢遊は新五に言うと、マリアを見た。
「ほう、マリアか。いい女子(オナゴ)になったな」と暖簾をくぐりながら、マリアの尻を撫でた。
「キャー」とマリアは悲鳴を上げ、勘八は、「大旦那様、やめて下さいよ」とマリアをかばった。
夢遊は鼻歌を歌いながら、知らん顔をして店の奥に入って行った。
「ああ、ビックリした」と夢遊の後ろ姿を見ながらマリアが言った。
「まったく、しょうがねえなア。大丈夫か?」と勘八がマリアの尻を触った。
「何すんのよ」とマリアは勘八の顔を平手打ちにした。
ピシッといい音がして、「痛えなア」と勘八は顔を押さえた。
新五が腹を抱えて笑いながら、夢遊の後を追って行った。
宗仁(ソウニン)の部屋にいると思ったが、夢遊はいなかった。いつものように宗仁は絵に熱中している。声を掛けても無駄だなと思った新五は茶室のある中庭を抜けて、離れへと向かった。
夢遊は離れの部屋で寝そべり、源氏物語を題材にした豪華な枕絵(マクラエ)を眺めていた。
新五の顔を見ると、「おい、こいつを見てみろ。狩野松栄(カノウショウエイ)が描いた春画(シュンガ)じゃ」と枕絵を新五に見せた。
「すげえ。こんな綺麗な枕絵、初めて見ましたよ」
新五は絵の中の光源氏と夕顔の交わりを食い入るように眺めていた。
「さる高貴なお方が松栄に頼んで描かせたらしいが、銭に困って手放したらしい」
「へえ、高価な物なんでしょうね?」
「この手の絵を好む物好きが結構おるんじゃ。奴らに見せれば、目の色を変えて、銭を積み上げる事じゃろう」
「でしょうね。どこで手に入れたんですか?」
「美濃屋に頼まれたんじゃ。買い手を捜してくれとな。宗仁の奴も馬や鷹ばかり描いてねえで、こういうのを描けばいいのにのう」
夢遊は枕絵を片付けると、「おめえ、こんな所で何してるんじゃ?」と聞いた。
「はい。ジュリアを追って来たら、ここに来たんで」
「やはりな」
夢遊は驚くわけでもなく、また、ゴロッと横になった。
「ジュリアは見つかったのか?」
新五は首を振った。「十七日です、ジュリアがここに来たのは。ここと言っても、ジュリアが現れたのは南蛮寺です。その夜は近くの信者のうちに泊まりました」
「十七日というと四日前か‥‥‥」
「マリアがここに来たのも十七日です。マリアは十八日の朝、お祈りをするため南蛮寺に行きました。勘八の奴が一緒にいたらしいですけど、ジュリアを見てはいないとの事です。ただ、多くの信者が集まって来たため、勘八の奴は南蛮寺の外で待っていたらしいので、中で二人は会ったかもしれません」
「ふーむ、別々に京都に来たというのか‥‥‥一体、何を考えてるんじゃ?」
「その事をマリアから聞こうと、ここにやって来たわけです」
「そしたら?」
「ジュリアとは会っていないと‥‥‥マリアが言うにはジュリアは父親が亡くなった事を高槻にいるお婆さんに知らせに行ったと言うんです」
「マリアの言う事も一理ある。二人の婆さんは確かに高槻にいる。尼さんとして信者たちの面倒を見てるはずじゃ」
「それと、ジュリアには連れがいました。四十前後の薬売りです。マリアに聞いてみましたが、そんな奴は知らないと不思議がっていました。勘八が言うには、マリアが京都に来る時も薬売りが後ろにいたそうですが、京都に入ったら消えてしまったと。ジュリアの薬売りと関係あるかどうかは分かりませんが」
「薬売りか‥‥‥山伏が出て来たり、薬売りが出て来たり、何か裏がありそうじゃな。とにかく、高槻まで行ってみてくれ。ジュリアが婆さんの所にいたら密かに見守れ」
「分かりました。それにしても、早かったですね。どうしたんです?」
「どうもせん。マリアに会いたくなっただけじゃ」
「そうですか‥‥‥マリアをここに呼びましょうか?」
「おう、呼んでくれ」
「勘八の奴も呼びますか?」
「いや、マリアだけでいい‥‥‥おい、善次郎の方もちゃんと調べてるじゃろうな?」
「はい、銀次の奴がやってます」
「よし」
新五が去るとしばらくして、マリアがキョロキョロしながらやって来た。夢遊が顔を出して手招きするとマリアは軽く頭を下げた。
「久し振りじゃの」と夢遊が言うと、マリアは夢遊を睨んで、「さっき、会いました」と言った。
「そうじゃったな。母さんソックリになったんで、驚いたぞ」
「エッ、お母様を知ってるの?」
マリアは目を丸くして、夢遊を見つめた。
「知ってるとも。生まれたばかりのお前たちも知ってる。お前らが生まれてから二月程して、松永弾正(久秀)の奴が南蛮寺を打ち壊し、パードレたちを京都から追い払ってしまったんじゃ。お前の両親はな、お前らを抱いて、この店に逃げて来た。お前の親父はわしにお前たちの事を頼み、パードレのもとへ飛んで行った。わしはお前たちと母さんを堺まで連れて行ったんじゃよ」
「そうだったの。知らなかった‥‥‥」
「お前はまだ、生まれたばかりじゃ。知らなくて当然じゃ。そんな所に突っ立ってねえで、上がれ」
マリアはうなづくと部屋に上がり、夢遊の前にかしこまった。
「それから、どうなったの? あたしたち」とマリアは目を輝かせて聞いた。
「しばらくして、お前の親父はパードレたちを連れて、堺にやって来た。パードレたちは堺の商人たちに守られて安全じゃった。商人たちの応援もあって、お前の親父は堺に教会堂を建てたんじゃ。わしも堺という土地が気に入ってな、店を出す事にした」
「我落多屋を?」
「そうじゃ。京都に次いで二番目の店じゃ」
「その後、あたしたち、また、京都に戻るんでしょ?」
夢遊はうなづいた。「信長が京都にやって来ると情勢が変わった」
「信長って?」
「安土の殿様じゃ」
「信長っていうの?」
「織田信長っていうんじゃ。昔は上総介(カズサノスケ)と名乗っておったがの」
「へえ、夢遊様は安土のお殿様とも古いお付き合いなの?」
「別に付き合ってはおらんが、信長が尾張の国で暴れ回っていた頃から知ってはいる」
「そうなんだ‥‥‥」
「まあ、信長の事はいい。お前らは四年くらい堺で暮らしてから、京都に戻ったんじゃ。京都に戻ったといっても、まだ、政情は不安定じゃった。信長は京都にいねえで岐阜に帰ってしまうしな。南蛮寺もねえし、民家を借りて南蛮寺の代わりにして、お前の両親はパードレたちを助けていたんじゃよ。そのうち、お前の親父は高槻城主の和田伊賀守(惟政)に呼ばれてな、高槻に移るんじゃ。伊賀守が戦死すると、高山飛騨守(友照)が高槻城主となり、高槻はキリシタンの都となって行く。その頃の事はお前も覚えておろう?」
「はい。高槻に行ってからの事は」
「ジュリアはどうした?」
「高槻にいるよ」
「そうか。お前も帰るのか?」
マリアは強く首を振った。「仇を討つの」
「キリシタンの教えに仇討ちなどあるのか?」
「ないけど‥‥‥」
「なら、やめろ」
「でも、お父様は何も悪い事してないのに殺されたのよ。許せない」
「運命じゃ」
「そんな‥‥‥」
「戦で死んでいく兵たちも、何も悪い事はしておらん。ただ、命じられて戦に行き、そして、死ぬ」
「戦とは違うモン。戦は死ぬ覚悟をしてから行くけど、お父様は寝てる所を何者かも分からない人に殺されたのよ」
「可哀想じゃが仕方がねえ。仇討ちなんかやめて、わしと遊ばんか?」
夢遊はニタッと笑って、マリアの膝の上に手を置いた。マリアはビクッとして、夢遊の手をどけると後ろに下がった。
「夢遊様がそんな人だとは知らなかった。貧しい人たちのために、こんな商いしてる人だから、きっと、ステキな人だと思ってたのに。モウ結構よ」
マリアは夢遊をジッと睨みながら、立ち上がった。
「そんな顔をしたら、死んだ親父が悲しむぞ。お前の名は聖母マリア様と同じなんじゃぞ」
「サンタマリア様だって、あたしの気持ち、分かってくれるモン」
プイとふくれるとマリアは去って行った。
夢遊はまた寝そべると、「おい、勘八、マリアを頼むぞ」と隣の部屋に声を掛けた。
勘八は隣の部屋から顔を出すと、「ばれましたか?」と照れ笑いをした。
夢遊は勘八を見る事もなく、「もし、マリアがここから出て行くと言い出したら、堺に連れて行け」と言った。
「堺に?」
「ああ。善次郎を殺(ヤ)った奴が何者か分かるまで、マリアが安全とは言えん。目を離すなよ」
「はい、分かりました」
「それとな、マリアは何か隠してるようじゃ」
「ええ、それは俺も感じてます」
「例の山伏はどうした?」
「それが、どこに行ったのか消えてしまいました。山伏の事は小四郎殿に頼んであります」
夢遊はうなづくと手を振った。
勘八はマリアの後を追った。
マリアは夢遊と話した後、南蛮寺に行き、礼拝堂に籠もって祈りを捧げていた。もしかしたら、そのまま、帰らないのではと勘八は心配したが、晩の祈りを済ませると我落多屋に戻って来た。
マリアは後悔していた。夢遊に対して失礼な態度を取った事を悔やんでいた。謝ろうと思ったのに、夢遊はどこかに出掛けて、いなかった。夢遊の言った事に腹を立ててしまい、肝心な事を聞くのを忘れてしまった。
父親は京都にいる時、石川五右衛門と会っていた。夢遊がその頃の父親を知っているのなら、当然、五右衛門の事も知っているに違いなかった。
次の日、マリアは夢遊に昨日の事を謝り、五右衛門の事を聞いた。
「知ってはいるが昔の事じゃ。最近、奴はこの辺りには来ねえ。関東の方に行ったのかもしれんな」
夢遊は漢詩の書かれた帷子(カタビラ)を着て、茶室でお茶道具を眺めていた。
「関東?」と聞きながら、マリアは夢遊の帷子の字を見ていたが難しくて読めなかった。
「いや、西の方かもしれん」
「ネエ、それ、何て書いてあるの?」とマリアは夢遊の帷子を指さした。
「これか。これはな、ありがたいお経じゃ」と夢遊はニヤニヤしながら言った。
「お経?」
「おう。これを唱えるとみんな、仲良くなって、世の中が平和になるんじゃ」
「フーン。でも、舌とか茎とか玉の門とか、何となく、いやらしい字が並んでる」
「ほう、読めるのか。これはの男と女の秘め事を歌った詩なんじゃよ」
「そんなの平気で着てるの、いやらしいの」
「こういうのをイキというんじゃ」
「五右衛門様の事、教えて。どんな人なの?」
「スケベじゃな」
「スケベは夢遊様でしょ」
「いや、わしなんて可愛いもんじゃ。奴はスケベの極致じゃ。別嬪(ベッピン)と噂されてる娘がいると、かどわかして無理やり自分のモノにするんじゃ。女子を狂わせる妙薬を持っていてな、女子はみんな、五右衛門のトリコになってしまうらしいのう」
「嘘ばっかし。五右衛門様はそんな人じゃないモン」
「嘘じゃねえ。わしは五右衛門にかどわかされた娘を何人も知っておる」
「そんなの信じられない」
「奴はな、綺麗なモノには目がねえんじゃ。たとえ、城の奥にいる姫様でも、別嬪と聞けば忍び込んでさらって行ったわ。勿論、娘だけじゃなく、金目の物も盗んだがな」
「まさか‥‥‥」
マリアは口を手で押さえながら、夢遊の話を聞いていた。
「本当じゃ。城では姫様がさらわれた事が世間に知れたらみっともねえと泣き寝入りじゃ。別嬪と噂されていて、突然、病死した姫様はみんな、五右衛門にさらわれたんじゃよ」
「そのお姫様たちはどうなったの?」
「五右衛門にもてあそばれて、あげくの果てには捨てられたか、場末の遊女屋に売られたんじゃろうな。お前が五右衛門を捜していると知ったら、奴は喜んで迎えに来るじゃろう」
「嘘よ、そんなの。あたし、絶対、信じないから」
「恐ろしい男じゃ、五右衛門は。京都からいなくなって、越前(福井県)にいるらしいとの噂は聞いた事がある。越前に朝倉氏という大名がおっての、その姫様が絶世の美女との評判が高かったが、やはり、突然、病死したんじゃ。五右衛門の仕業に違えねえ。朝倉氏も信長に滅ぼされてしまったしな、もう、越前にはおるまい。石山本願寺に門徒たちから観音様と呼ばれていた別嬪がおったが、その娘も突然、行方知れずになってしまった。五右衛門の仕業じゃ」
夢遊は茶碗を眺めながら、マリアを見た。
信じられないと言いながらも、マリアの顔色は蒼ざめていた。
「この前、播磨に行った時、毛利の姫様がエライ別嬪だと噂を聞いた。もしかしたら、五右衛門に狙われるかもしれんな」
「毛利って誰なの?」
「西国の大名じゃ。今、信長の武将、羽柴藤吉郎と戦っている」
「五右衛門様はそこにいるの?」
「分からん。もし、その姫様が突然、病死したら、奴の仕業に間違えねえがの。五右衛門捜しなんかやめる事じゃ。奴に捕まったら、もう終わりじゃ。着物を剥がされ、丸裸にされて、体中、ペロペロなめ回されるぞ」
夢遊はヒッヒッヒと薄気味悪く笑うと、マリアに飛び掛かって行った。マリアは悲鳴を上げて、茶室から逃げ去った。
目の前が真っ暗になって、どうしたらいいのか分からず、マリアは宗仁に相談した。
宗仁はマリアの話を聞くと大笑いして、「お前はかつがれたんじゃ」と言った。
「石川五右衛門が女漁りをしていたなど聞いた事もないわ」
「やっぱり、嘘だったのネ」
「お前の事を心配して、盗賊なんかに近づけたくなかったんで脅したんじゃろう。ただな、お前が思っている程、五右衛門という男は甘くはないぞ。盗賊として名を売ってるんじゃ。恐ろしい事を平気でやる男に違いない。五右衛門に捕まったら、大旦那様の言う通り、お前はもてあそばれたあげくに捨てられるかもしれんぞ」
「いいえ、違うよ。絶対に、違うモン。お父様は五右衛門様はそんな人じゃないって、ハッキリ言ったモン。絶対に、仇を討ってくれるって言ったモン」
「そうか‥‥‥まあ、お前の気の済むようにやるしかないのう」
マリアは我落多屋に滞在しながら、勘八を連れて、五右衛門捜しの手掛かりを捜すために京都の町中を歩き回っていた。しかし、何も得られず、七月になると堺の我落多屋へと向かった。
夢遊は毎日、宗仁と一緒にお茶会やら連歌会に出掛け、毎晩、夜遅くまで飲み歩いていた。安土に帰っても、惚れたお澪はいない。お澪の代わりになる女などいなかったが、遊女屋に行っては派手に遊んでいた。
マリアが堺に行った後、安土から銀次が夢遊を訪ねてやって来た。
「善次郎を殺した奴が分かりました」と行商人の格好をした銀次は言った。
「物取りか?」
「いえ。裏があるようです。殺したのは何者かに雇われた浪人者でした。善次郎が城から出て殺されるまでの事を色々と調べていたら、殺される前の日に、善次郎を訪ねて来た編み笠の侍がいた事と次の日、あの辺りを見慣れぬ浪人者がウロウロしていた事を突き止めたんです。しかし、編み笠の侍も分からず、浪人者も人相がハッキリとつかめないため見つける事はできませんでした。諦めかけていたところに、向こうから盗まれた金貨を持って店に現れましたよ」
「ナニ、殺した奴がやって来たのか?」
「ええ。捕まえて吐かしたら、やはり、編み笠をかぶった侍に一貫文(イッカンモン)で殺しを頼まれたとの事です。なぜ、善次郎を殺したのか、詳しい理由は何も知りません」
「その浪人者はどうした?」
「もう一人連れがいて、二人共、捕まえてありますが、銭で雇われた、ただの痩せ浪人です。下調べをするために善次郎の家に行った時、善次郎が金の小判を持ってる事を知り、殺したついでに奪ったそうです。一貫文を使い果たし、小判を銭に替えようと我落多屋にやって来たというわけです。これが金貨です」
銀次が懐から出した金貨は長さ四寸(約十二センチ)程で、幅は三寸(約九センチ)程の楕円形をしていた。
「うむ。まさしく、安土城にある金貨じゃ。天主の中に、これが一万枚あるのをわしはこの目で見た」
「一万枚ですか。大したもんですね」
「多分、それ以上あるじゃろう。編み笠の侍の方は誰だか分からんのか?」
「おそらく、織田家の侍でしょ。善次郎がやっていた城内の仕事と関係ありそうです」
「うーむ。信長がそんなセコイ事をするとは思えんがのう‥‥‥奴は利用できると思った者をそう簡単に殺すような事はしねえ。善次郎は南蛮大工として一流の腕を持っている。何があったのか分からんが、信長が浪人者を雇って殺す事はあるめえ。奴が殺すとすれば、堂々と善次郎の家に押しかけ、罪状を言って処刑するはずじゃ。どうも、分からん」
「角右衛門殿もそう言ってました。角右衛門殿が言うには、信長の側近の仕業ではないかと。信長が内密の仕事を善次郎に命じたとしても、その仕事の指揮を取るのは信長に信頼されている側近の者です。その男が善次郎に仕事をさせたが、何か不都合な事が起こり、自分の失敗を隠すために善次郎を殺したと。信長は失敗した者には容赦ないですからね」
「うむ‥‥‥その線で調べてみてくれ」
銀次が帰ると夢遊も京都を後にして、家族の待つ長浜城下へと向かった。
「セニョリータ、元気だったかい?」
「アラ、我落多屋の旦那様、お帰りなさい」
「ちょっと、お茶でも飲むか?」
「今はダメですよ。お仕事中ですもの」
我落多屋の店内にいた山伏姿の新五が、夢遊の声を聞いて店から出て来た。マリアと勘八も暖簾から顔を出した。
夢遊は向かいの呉服屋の奉公娘を口説いていた。娘が呼ばれて店の中に消えると夢遊は諦めて、我落多屋の方に来た。
「アレ、随分、早かったですね」と新五が笑いながら、夢遊を迎えた。
「おめえの方が早えじゃねえか」と夢遊は新五に言うと、マリアを見た。
「ほう、マリアか。いい女子(オナゴ)になったな」と暖簾をくぐりながら、マリアの尻を撫でた。
「キャー」とマリアは悲鳴を上げ、勘八は、「大旦那様、やめて下さいよ」とマリアをかばった。
夢遊は鼻歌を歌いながら、知らん顔をして店の奥に入って行った。
「ああ、ビックリした」と夢遊の後ろ姿を見ながらマリアが言った。
「まったく、しょうがねえなア。大丈夫か?」と勘八がマリアの尻を触った。
「何すんのよ」とマリアは勘八の顔を平手打ちにした。
ピシッといい音がして、「痛えなア」と勘八は顔を押さえた。
新五が腹を抱えて笑いながら、夢遊の後を追って行った。
宗仁(ソウニン)の部屋にいると思ったが、夢遊はいなかった。いつものように宗仁は絵に熱中している。声を掛けても無駄だなと思った新五は茶室のある中庭を抜けて、離れへと向かった。
夢遊は離れの部屋で寝そべり、源氏物語を題材にした豪華な枕絵(マクラエ)を眺めていた。
新五の顔を見ると、「おい、こいつを見てみろ。狩野松栄(カノウショウエイ)が描いた春画(シュンガ)じゃ」と枕絵を新五に見せた。
「すげえ。こんな綺麗な枕絵、初めて見ましたよ」
新五は絵の中の光源氏と夕顔の交わりを食い入るように眺めていた。
「さる高貴なお方が松栄に頼んで描かせたらしいが、銭に困って手放したらしい」
「へえ、高価な物なんでしょうね?」
「この手の絵を好む物好きが結構おるんじゃ。奴らに見せれば、目の色を変えて、銭を積み上げる事じゃろう」
「でしょうね。どこで手に入れたんですか?」
「美濃屋に頼まれたんじゃ。買い手を捜してくれとな。宗仁の奴も馬や鷹ばかり描いてねえで、こういうのを描けばいいのにのう」
夢遊は枕絵を片付けると、「おめえ、こんな所で何してるんじゃ?」と聞いた。
「はい。ジュリアを追って来たら、ここに来たんで」
「やはりな」
夢遊は驚くわけでもなく、また、ゴロッと横になった。
「ジュリアは見つかったのか?」
新五は首を振った。「十七日です、ジュリアがここに来たのは。ここと言っても、ジュリアが現れたのは南蛮寺です。その夜は近くの信者のうちに泊まりました」
「十七日というと四日前か‥‥‥」
「マリアがここに来たのも十七日です。マリアは十八日の朝、お祈りをするため南蛮寺に行きました。勘八の奴が一緒にいたらしいですけど、ジュリアを見てはいないとの事です。ただ、多くの信者が集まって来たため、勘八の奴は南蛮寺の外で待っていたらしいので、中で二人は会ったかもしれません」
「ふーむ、別々に京都に来たというのか‥‥‥一体、何を考えてるんじゃ?」
「その事をマリアから聞こうと、ここにやって来たわけです」
「そしたら?」
「ジュリアとは会っていないと‥‥‥マリアが言うにはジュリアは父親が亡くなった事を高槻にいるお婆さんに知らせに行ったと言うんです」
「マリアの言う事も一理ある。二人の婆さんは確かに高槻にいる。尼さんとして信者たちの面倒を見てるはずじゃ」
「それと、ジュリアには連れがいました。四十前後の薬売りです。マリアに聞いてみましたが、そんな奴は知らないと不思議がっていました。勘八が言うには、マリアが京都に来る時も薬売りが後ろにいたそうですが、京都に入ったら消えてしまったと。ジュリアの薬売りと関係あるかどうかは分かりませんが」
「薬売りか‥‥‥山伏が出て来たり、薬売りが出て来たり、何か裏がありそうじゃな。とにかく、高槻まで行ってみてくれ。ジュリアが婆さんの所にいたら密かに見守れ」
「分かりました。それにしても、早かったですね。どうしたんです?」
「どうもせん。マリアに会いたくなっただけじゃ」
「そうですか‥‥‥マリアをここに呼びましょうか?」
「おう、呼んでくれ」
「勘八の奴も呼びますか?」
「いや、マリアだけでいい‥‥‥おい、善次郎の方もちゃんと調べてるじゃろうな?」
「はい、銀次の奴がやってます」
「よし」
新五が去るとしばらくして、マリアがキョロキョロしながらやって来た。夢遊が顔を出して手招きするとマリアは軽く頭を下げた。
「久し振りじゃの」と夢遊が言うと、マリアは夢遊を睨んで、「さっき、会いました」と言った。
「そうじゃったな。母さんソックリになったんで、驚いたぞ」
「エッ、お母様を知ってるの?」
マリアは目を丸くして、夢遊を見つめた。
「知ってるとも。生まれたばかりのお前たちも知ってる。お前らが生まれてから二月程して、松永弾正(久秀)の奴が南蛮寺を打ち壊し、パードレたちを京都から追い払ってしまったんじゃ。お前の両親はな、お前らを抱いて、この店に逃げて来た。お前の親父はわしにお前たちの事を頼み、パードレのもとへ飛んで行った。わしはお前たちと母さんを堺まで連れて行ったんじゃよ」
「そうだったの。知らなかった‥‥‥」
「お前はまだ、生まれたばかりじゃ。知らなくて当然じゃ。そんな所に突っ立ってねえで、上がれ」
マリアはうなづくと部屋に上がり、夢遊の前にかしこまった。
「それから、どうなったの? あたしたち」とマリアは目を輝かせて聞いた。
「しばらくして、お前の親父はパードレたちを連れて、堺にやって来た。パードレたちは堺の商人たちに守られて安全じゃった。商人たちの応援もあって、お前の親父は堺に教会堂を建てたんじゃ。わしも堺という土地が気に入ってな、店を出す事にした」
「我落多屋を?」
「そうじゃ。京都に次いで二番目の店じゃ」
「その後、あたしたち、また、京都に戻るんでしょ?」
夢遊はうなづいた。「信長が京都にやって来ると情勢が変わった」
「信長って?」
「安土の殿様じゃ」
「信長っていうの?」
「織田信長っていうんじゃ。昔は上総介(カズサノスケ)と名乗っておったがの」
「へえ、夢遊様は安土のお殿様とも古いお付き合いなの?」
「別に付き合ってはおらんが、信長が尾張の国で暴れ回っていた頃から知ってはいる」
「そうなんだ‥‥‥」
「まあ、信長の事はいい。お前らは四年くらい堺で暮らしてから、京都に戻ったんじゃ。京都に戻ったといっても、まだ、政情は不安定じゃった。信長は京都にいねえで岐阜に帰ってしまうしな。南蛮寺もねえし、民家を借りて南蛮寺の代わりにして、お前の両親はパードレたちを助けていたんじゃよ。そのうち、お前の親父は高槻城主の和田伊賀守(惟政)に呼ばれてな、高槻に移るんじゃ。伊賀守が戦死すると、高山飛騨守(友照)が高槻城主となり、高槻はキリシタンの都となって行く。その頃の事はお前も覚えておろう?」
「はい。高槻に行ってからの事は」
「ジュリアはどうした?」
「高槻にいるよ」
「そうか。お前も帰るのか?」
マリアは強く首を振った。「仇を討つの」
「キリシタンの教えに仇討ちなどあるのか?」
「ないけど‥‥‥」
「なら、やめろ」
「でも、お父様は何も悪い事してないのに殺されたのよ。許せない」
「運命じゃ」
「そんな‥‥‥」
「戦で死んでいく兵たちも、何も悪い事はしておらん。ただ、命じられて戦に行き、そして、死ぬ」
「戦とは違うモン。戦は死ぬ覚悟をしてから行くけど、お父様は寝てる所を何者かも分からない人に殺されたのよ」
「可哀想じゃが仕方がねえ。仇討ちなんかやめて、わしと遊ばんか?」
夢遊はニタッと笑って、マリアの膝の上に手を置いた。マリアはビクッとして、夢遊の手をどけると後ろに下がった。
「夢遊様がそんな人だとは知らなかった。貧しい人たちのために、こんな商いしてる人だから、きっと、ステキな人だと思ってたのに。モウ結構よ」
マリアは夢遊をジッと睨みながら、立ち上がった。
「そんな顔をしたら、死んだ親父が悲しむぞ。お前の名は聖母マリア様と同じなんじゃぞ」
「サンタマリア様だって、あたしの気持ち、分かってくれるモン」
プイとふくれるとマリアは去って行った。
夢遊はまた寝そべると、「おい、勘八、マリアを頼むぞ」と隣の部屋に声を掛けた。
勘八は隣の部屋から顔を出すと、「ばれましたか?」と照れ笑いをした。
夢遊は勘八を見る事もなく、「もし、マリアがここから出て行くと言い出したら、堺に連れて行け」と言った。
「堺に?」
「ああ。善次郎を殺(ヤ)った奴が何者か分かるまで、マリアが安全とは言えん。目を離すなよ」
「はい、分かりました」
「それとな、マリアは何か隠してるようじゃ」
「ええ、それは俺も感じてます」
「例の山伏はどうした?」
「それが、どこに行ったのか消えてしまいました。山伏の事は小四郎殿に頼んであります」
夢遊はうなづくと手を振った。
勘八はマリアの後を追った。
マリアは夢遊と話した後、南蛮寺に行き、礼拝堂に籠もって祈りを捧げていた。もしかしたら、そのまま、帰らないのではと勘八は心配したが、晩の祈りを済ませると我落多屋に戻って来た。
マリアは後悔していた。夢遊に対して失礼な態度を取った事を悔やんでいた。謝ろうと思ったのに、夢遊はどこかに出掛けて、いなかった。夢遊の言った事に腹を立ててしまい、肝心な事を聞くのを忘れてしまった。
父親は京都にいる時、石川五右衛門と会っていた。夢遊がその頃の父親を知っているのなら、当然、五右衛門の事も知っているに違いなかった。
次の日、マリアは夢遊に昨日の事を謝り、五右衛門の事を聞いた。
「知ってはいるが昔の事じゃ。最近、奴はこの辺りには来ねえ。関東の方に行ったのかもしれんな」
夢遊は漢詩の書かれた帷子(カタビラ)を着て、茶室でお茶道具を眺めていた。
「関東?」と聞きながら、マリアは夢遊の帷子の字を見ていたが難しくて読めなかった。
「いや、西の方かもしれん」
「ネエ、それ、何て書いてあるの?」とマリアは夢遊の帷子を指さした。
「これか。これはな、ありがたいお経じゃ」と夢遊はニヤニヤしながら言った。
「お経?」
「おう。これを唱えるとみんな、仲良くなって、世の中が平和になるんじゃ」
「フーン。でも、舌とか茎とか玉の門とか、何となく、いやらしい字が並んでる」
「ほう、読めるのか。これはの男と女の秘め事を歌った詩なんじゃよ」
「そんなの平気で着てるの、いやらしいの」
「こういうのをイキというんじゃ」
「五右衛門様の事、教えて。どんな人なの?」
「スケベじゃな」
「スケベは夢遊様でしょ」
「いや、わしなんて可愛いもんじゃ。奴はスケベの極致じゃ。別嬪(ベッピン)と噂されてる娘がいると、かどわかして無理やり自分のモノにするんじゃ。女子を狂わせる妙薬を持っていてな、女子はみんな、五右衛門のトリコになってしまうらしいのう」
「嘘ばっかし。五右衛門様はそんな人じゃないモン」
「嘘じゃねえ。わしは五右衛門にかどわかされた娘を何人も知っておる」
「そんなの信じられない」
「奴はな、綺麗なモノには目がねえんじゃ。たとえ、城の奥にいる姫様でも、別嬪と聞けば忍び込んでさらって行ったわ。勿論、娘だけじゃなく、金目の物も盗んだがな」
「まさか‥‥‥」
マリアは口を手で押さえながら、夢遊の話を聞いていた。
「本当じゃ。城では姫様がさらわれた事が世間に知れたらみっともねえと泣き寝入りじゃ。別嬪と噂されていて、突然、病死した姫様はみんな、五右衛門にさらわれたんじゃよ」
「そのお姫様たちはどうなったの?」
「五右衛門にもてあそばれて、あげくの果てには捨てられたか、場末の遊女屋に売られたんじゃろうな。お前が五右衛門を捜していると知ったら、奴は喜んで迎えに来るじゃろう」
「嘘よ、そんなの。あたし、絶対、信じないから」
「恐ろしい男じゃ、五右衛門は。京都からいなくなって、越前(福井県)にいるらしいとの噂は聞いた事がある。越前に朝倉氏という大名がおっての、その姫様が絶世の美女との評判が高かったが、やはり、突然、病死したんじゃ。五右衛門の仕業に違えねえ。朝倉氏も信長に滅ぼされてしまったしな、もう、越前にはおるまい。石山本願寺に門徒たちから観音様と呼ばれていた別嬪がおったが、その娘も突然、行方知れずになってしまった。五右衛門の仕業じゃ」
夢遊は茶碗を眺めながら、マリアを見た。
信じられないと言いながらも、マリアの顔色は蒼ざめていた。
「この前、播磨に行った時、毛利の姫様がエライ別嬪だと噂を聞いた。もしかしたら、五右衛門に狙われるかもしれんな」
「毛利って誰なの?」
「西国の大名じゃ。今、信長の武将、羽柴藤吉郎と戦っている」
「五右衛門様はそこにいるの?」
「分からん。もし、その姫様が突然、病死したら、奴の仕業に間違えねえがの。五右衛門捜しなんかやめる事じゃ。奴に捕まったら、もう終わりじゃ。着物を剥がされ、丸裸にされて、体中、ペロペロなめ回されるぞ」
夢遊はヒッヒッヒと薄気味悪く笑うと、マリアに飛び掛かって行った。マリアは悲鳴を上げて、茶室から逃げ去った。
目の前が真っ暗になって、どうしたらいいのか分からず、マリアは宗仁に相談した。
宗仁はマリアの話を聞くと大笑いして、「お前はかつがれたんじゃ」と言った。
「石川五右衛門が女漁りをしていたなど聞いた事もないわ」
「やっぱり、嘘だったのネ」
「お前の事を心配して、盗賊なんかに近づけたくなかったんで脅したんじゃろう。ただな、お前が思っている程、五右衛門という男は甘くはないぞ。盗賊として名を売ってるんじゃ。恐ろしい事を平気でやる男に違いない。五右衛門に捕まったら、大旦那様の言う通り、お前はもてあそばれたあげくに捨てられるかもしれんぞ」
「いいえ、違うよ。絶対に、違うモン。お父様は五右衛門様はそんな人じゃないって、ハッキリ言ったモン。絶対に、仇を討ってくれるって言ったモン」
「そうか‥‥‥まあ、お前の気の済むようにやるしかないのう」
マリアは我落多屋に滞在しながら、勘八を連れて、五右衛門捜しの手掛かりを捜すために京都の町中を歩き回っていた。しかし、何も得られず、七月になると堺の我落多屋へと向かった。
夢遊は毎日、宗仁と一緒にお茶会やら連歌会に出掛け、毎晩、夜遅くまで飲み歩いていた。安土に帰っても、惚れたお澪はいない。お澪の代わりになる女などいなかったが、遊女屋に行っては派手に遊んでいた。
マリアが堺に行った後、安土から銀次が夢遊を訪ねてやって来た。
「善次郎を殺した奴が分かりました」と行商人の格好をした銀次は言った。
「物取りか?」
「いえ。裏があるようです。殺したのは何者かに雇われた浪人者でした。善次郎が城から出て殺されるまでの事を色々と調べていたら、殺される前の日に、善次郎を訪ねて来た編み笠の侍がいた事と次の日、あの辺りを見慣れぬ浪人者がウロウロしていた事を突き止めたんです。しかし、編み笠の侍も分からず、浪人者も人相がハッキリとつかめないため見つける事はできませんでした。諦めかけていたところに、向こうから盗まれた金貨を持って店に現れましたよ」
「ナニ、殺した奴がやって来たのか?」
「ええ。捕まえて吐かしたら、やはり、編み笠をかぶった侍に一貫文(イッカンモン)で殺しを頼まれたとの事です。なぜ、善次郎を殺したのか、詳しい理由は何も知りません」
「その浪人者はどうした?」
「もう一人連れがいて、二人共、捕まえてありますが、銭で雇われた、ただの痩せ浪人です。下調べをするために善次郎の家に行った時、善次郎が金の小判を持ってる事を知り、殺したついでに奪ったそうです。一貫文を使い果たし、小判を銭に替えようと我落多屋にやって来たというわけです。これが金貨です」
銀次が懐から出した金貨は長さ四寸(約十二センチ)程で、幅は三寸(約九センチ)程の楕円形をしていた。
「うむ。まさしく、安土城にある金貨じゃ。天主の中に、これが一万枚あるのをわしはこの目で見た」
「一万枚ですか。大したもんですね」
「多分、それ以上あるじゃろう。編み笠の侍の方は誰だか分からんのか?」
「おそらく、織田家の侍でしょ。善次郎がやっていた城内の仕事と関係ありそうです」
「うーむ。信長がそんなセコイ事をするとは思えんがのう‥‥‥奴は利用できると思った者をそう簡単に殺すような事はしねえ。善次郎は南蛮大工として一流の腕を持っている。何があったのか分からんが、信長が浪人者を雇って殺す事はあるめえ。奴が殺すとすれば、堂々と善次郎の家に押しかけ、罪状を言って処刑するはずじゃ。どうも、分からん」
「角右衛門殿もそう言ってました。角右衛門殿が言うには、信長の側近の仕業ではないかと。信長が内密の仕事を善次郎に命じたとしても、その仕事の指揮を取るのは信長に信頼されている側近の者です。その男が善次郎に仕事をさせたが、何か不都合な事が起こり、自分の失敗を隠すために善次郎を殺したと。信長は失敗した者には容赦ないですからね」
「うむ‥‥‥その線で調べてみてくれ」
銀次が帰ると夢遊も京都を後にして、家族の待つ長浜城下へと向かった。
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